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いろいろあるぞ!🗾日本一のパワースポット [戻る]いろいろあるぞ!🗾日本一のパワースポット 日本全国津々浦々、様々な神社仏閣・パワースポットがあります。その中には日本一の記録を持つスポットも少なくないです。 そこでここでは様々な観点から日本一の記録を持つスポットをピックアップ。多くの人に知られた記録から、あまり知られていない記録まで、いろいろな日本一をご紹介します。 初詣参拝者数日本一 パワースポットの日本一で思い浮かべやすいところといったら、初詣客日本一を誇る明治神宮ではないでしょうか?明治天皇とその皇后をお祀りする原宿のランドマークでもあり、都会のオアシスとして多くの人々へ癒しを与えています。その敷地面積は東京23区内最大を誇り、その多くが代々木の森が占めています。 この代々木の森、一見元からあった自然林のように見えますが、実は創建に伴って大正時代に植林された人工林です。現在の姿になるように当初から設計図が作られ、それに合わせて植えられ、管理されてきました。 この他にも、御苑内にある清正井(きよまさのいど)は、明治神宮最大のパワーがあるとされる湧水です。ここが元々戦国武将加藤清正の屋敷地で、これを建てた際に発見されたという逸話から名づけられました。 この他、触れると健康長寿・金運上昇のご利益がある亀石や、日本全国から寄せられた奉納樽、国外から送られたワイン樽、国歌君が代に出てくるさざれ石なども見ることができます。 寺院の初詣客数日本一 明治神宮が初詣客数日本一なら、お寺の日本一が気になるところ。それは、成田山新勝寺です。千葉県成田市にある真言宗のお寺で、成田空港と並ぶ市内のシンボルです。 4回のど本堂の新築を行っているのですが、その度に旧本堂を残してきたのでドンドンお堂が増えていき、お寺の規模が大きくなりました。光明堂と釈迦堂は旧本堂にあたり、三重塔、仁王門、額堂を含めて重要文化財です。現代では大本堂、総門、平和大塔、醫王殿が増えています。 江戸時代には出開帳といって、江戸へ出張して秘仏の御開帳をしたことで話題となり、人気が高まりました。歌舞伎役者の初代市川團十郎が厚く崇拝し、山号から取って屋号を成田屋としたことでも知られています。現在でも成田屋との関係が続いていて、節分の豆まきでは市川團十郎白猿さんら成田屋当主がゲストとして招かれています。 日本最高所にある神社 ここまでは参拝客の人数に注目してきましたが、ここからは様々な高さにフォーカスします。まず紹介したいのは、日本最高所にあるパワースポットです。どのくらい高いところにあるのかというと、標高約3710mです。この高さのところといったら、1カ所しかないですよね。それは、日本最高峰である富士山の頂上です。なんと富士山の頂上にも神社があります。 ※北杜市から見た富士山 2社あって久須志神社が3715mで最も高く、御朱印の配布を行っている富士山頂上浅間大社奥宮が3712mです。富士山の頂上ということで、開山期間中のみの営業なのが要注意です。富士山信仰最大の聖地でもあり、ユネスコ世界文化遺産に登録されています。 余談ですが、富士山の8合目以上は徳川家康の計らいによって浅間大社の私有地となっており、未だに山梨県と静岡県の間で県境が定まっていません。 日本一高い五重塔 続いての高さ日本一は五重塔です。日本一の高さを誇るのは、東寺(教王護国寺)の五重塔です。京都駅近くにそびえる五重塔は、古来より数多くの旅人を出迎えてきました。中世になると街が縮小したことでこの東寺が南端となり、京の玄関口となりました。京街道を上ってきた旅人は、この東寺の五重塔を見ると京への到着を実感したと言います。 そんな東寺の五重塔は高さ54.8mで、木造の塔としては日本一の高さを誇ります。国宝および世界遺産「古都京都の文化財」の構成資産に選ばれており、京都のシンボルで定番の観光スポットになっています。実は4度焼失しており、現在の塔は徳川家光の命で建てられた5代目です。最下層の内部には12体の仏像が安置されていますが、通常は非公開。 桜の時期には開門時間を延長し、ライトアップしています。闇夜に浮き上がる塔と、桜や柳やモミジとが織りなす景色が絶景です。 かつて日本最大の大仏があった寺 失われた日本一もご紹介。長年日本一の大きさを誇る大仏といえば奈良の大仏でしたが(現在は牛久大仏)、安土桃山時代にその座を明け渡した時期がありました。その座を奪った大仏があったのが、京都東山にある方広寺です。豊臣秀吉開基の寺院で、隣には秀吉の霊廟を兼ねる豊国神社があります。 この方広寺の東側に、かつて大仏殿と当時最大だった大仏がありました。しかし、度重なる火災で焼失。昭和の火災で再建を断念。現在大仏殿跡は史跡公園になっています。 この方広寺には、日本史の教科書でおなじみのものがあります。それが写真の梵鐘。大坂の陣の口実にされてしまった嫡男豊臣秀頼奉納の梵鐘で、ここに書かれている文言にイチャモンをつけられて、戦に発展しました。不幸中の幸いで鐘楼が焼けてもこれだけは焼け残り、今でも実物がぶら下がっています。 日本最古の法堂 ここからは古いものの日本一をご紹介します。まずは日本最古の法堂(はっとう)です。法堂とは、禅宗寺院において住職が修行者や一般の人々に仏教の教えを説き、説法をするための建物のことです。大人数を収容するので、結構大きいのも特徴です。他の宗派だと講堂と呼ばれることが多いです。 この法堂で最古のものは、京都の相国寺のものです。 境内の中央にある相国寺最大の建築物でもあり、重要文化財に指定されています。戦禍や大火に見舞われて何度か焼失したため、現在見られるのは慶長10年(1605年)に豊臣秀頼によって再建されたものです。それでも法堂としては現存最古だそうで、天井には狩野光信作の蟠龍図が描かれています。しかも、この下で柏手を打つと天井に響く鳴き龍仕様になっています。 さらに本尊である釈迦如来坐像、脇持の阿難尊者像、迦葉尊者像が安置されており、いずれも運慶作と伝わっています。 日本最古の禅宗寺院の三門 それからお寺の入口といったら三門(山門とも)ですが、禅宗寺院の中で最も古いのが京都にある東福寺三門です。至徳元年(1384年)に再建が始まり、完成したのは応永32年(1425年)とのこと。600年以上も前に建てられたものが現存しています。構造としては五間三戸二階建てで、入母屋造本瓦葺になっています。二階部分には釈迦如来像と十六羅漢像を安置しているとのいこと。 ちなみに、三門という言葉の由来は諸説あって、三解脱門の略である説、出入口が三間あるからという説、声聞(出家修行をする僧)縁覚(悟りを開いた人)菩提(悟りを開いて如来になろうとする人)の三者が通る門とする説などがあるようです。 さらに運気アップ!開運LINEコンテンツ |
