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東福寺 [戻る]【住所】 京都府京都市東山区本町十五丁目778 【宗派】 臨済宗東福寺派 【本尊】 釈迦如来 【創建】 嘉禎2年(1236年) 【開基】 九条道家 【開山】 円爾 【最寄駅】JR奈良線・京阪本線 東福寺駅 【HP】 https://tofukuji.jp/ 【概要】 東福寺(とうふくじ)は、京都市東山区本町十五丁目にある臨済宗東福寺派の大本山の寺院。山号は慧日山(えにちさん)。本尊は釈迦如来。京都五山の第四位の禅寺として中世、近世を通じて栄えた。近代に入って規模が縮小されたとはいえ、今なお25か寺の塔頭(山内寺院)を有する大寺院である。かつては身の丈五丈の釈迦如来座像を有し、山城国(現在の京都府の一部)では雲居寺大仏・方広寺大仏(京の大仏)に次ぐ高さを有する大仏として、威容を誇っていた。中世においては「南都(東大寺)の半仏雲居(雲居寺)、雲居の半仏東福(東福寺)」「南都の四半仏[1]」と謳われるなど、身の丈十六丈の東大寺大仏・身の丈八丈の雲居寺大仏と並び称されていた(公称高寸法が実寸の高さでないことは後述)。 東福寺は宗派の雲水たちが修行する専門道場である一方で、紅葉の名所として著名な観光スポットであり、秋には数十万もの観光客が訪れる。域内には多くの国宝、重要文化財に指定された名建築を有し「東福寺の伽藍面(がらんづら)」とも呼ばれる。 Wikipediaより 京都駅南側のエリアで最大級の寺院密集地帯と言えば、ここ東福寺です。京都駅からJR奈良線で一駅と近く、京阪本線も通っているので、アクセスの良さが魅力です。本坊である東福寺を中心に約20軒もの付属の塔頭寺院が立ち並び、かなり大きな寺町を形成しています。 そんな東福寺を見ていきます。 今回はお寺に入る前に、路地からスタートします。 右側に門扉が連なっていますが、全て東福寺の塔頭寺院です。左は生け垣が茂っていますがこの奥にも塔頭があるので、両サイドともお寺ということですね。こんなにお寺ばかりが集まっていて、どうやって食べていってるのか不思議なものです。 それはともかく、これだけお寺が密集していると風情は格別です。古き良き日本の風景を現代に見ることができ、安心感があります。 そんな塔頭の並ぶ路地を進んでいくと、屋根付きの通路が見えてきました。 「臥雲橋」です。 ひさしのついた木造橋で、三ノ橋川の峡谷を渡るために架けられています。かなり年季の入った橋なのですが、地元京都市民は素知らぬ顔をして普通に自転車で通っていきます。地元民からしたら、勝手知ったるただの生活道路なんでしょうね。 東福寺の通天橋が見えます。よく京都の宣伝写真とかで見る、あの光景です。この時期は新緑が生い茂り、葉っぱの量が多すぎてかなり通天橋が埋もれてしまっていますが、冬の落葉の時期ならもっと空中に浮かぶ楼閣の感じが出るので、印象が違ったかもしれません。 この辺りは緑が覆いかぶさっているので、涼やかで気持ちいいです。 塀沿いにしばらく歩いてくると、やっとこさ門が見えてきました。ようやく東福寺への入り口に到着したようです。これは結構境内が広そうな予感です。 日下門入ってすぐ右側にトイレがあります。その後ろにある切妻屋根の大きな建物が禅堂で、座禅の修行をするための場です。その奥に建つ二層の建物が本堂です。 さらに進んで本堂の後ろ側を見ると、長いひさしが伸びた通路がありました。 この通路を左へずっと行くと、先ほど見た通天橋へ行きつきます。これは後ほどご紹介します。 こんなに大きなお寺で、大きな建物が林立しているのに、鐘楼も梵鐘も小さいというのがあまりに不釣り合いな感じがします。 そして経蔵ですが、宝形造の屋根が上下二重になってるのが特徴的です。しかも丸窓が取り付けられていて、結構個性あるデザインです。恐らくですが、仏教のにおける重要な考え方の一つである「円相」を、形にしたものではないかと思われます。 では先ほどの屋根付きの通路を横切って、向こう側へ進みます。そこで見えるのが・・・ 庫裏です。現代では室内へ上がる玄関として使われることが多いですが、唐破風のついた豪華なしつらえになっています。ここから上がって、中を見させていただきます。 すると早速禅寺らしく、枯山水庭園が現れました。 実際は、下の写真とひとつながりになっています。この枯山水庭園は現代の作庭家重森三玲の設計で、かつて建っていた厠(トイレ)の束石が残っているとのことで再利用されたものです。その際に束石を北斗七星の並びになるよう配置して、夜空を表現しています。 う~ん、シンプルながらも計算された深い趣向があります。 ただ昭和になってからの作庭なので全体的に新しいのと、周囲の建物が目に入ること、岩と苔が分離していて一線を画していることに違いがあります。それが影響しているのか、龍安寺のような自然と一体化したような風情とは異なり、喧騒から離れるための虚無の空間を表しているかのように見えます。 反対側からも見てみます。 苔の丘を完全に右側へ寄せています。左の岩だらけの荒々しい荒涼とした世界に対して、右は起伏ある緑の大地に緩やかさを見て取れます。その中に一本だけポツンと木が生えており、生命の芽吹きを表現しているのではないかと想像します。 では今度は西側へ回ってみます。 右半分の市松模様の生け垣が印象的な庭です。反対に左半分は不規則な形に苔が広がっています。気がついたのですが、この左側の苔の地面は先ほどの南庭の苔の続きをイメージしてるのではないかと。しかも丸みを帯びた不規則な形に対して、人工的で自然界には存在しない角ばった市松模様というコントラストも生み出していて、自然と人の間でバランスをとることの大切さを表現しているのではないかと想像しました。 そして裏庭にあたる、北庭です。 こちらも市松模様を基本としていますが、よりきめが細かくなっています。この北庭だけ違うのは、砂がまかれていないことです。代わりに苔の地面に石畳を敷いていて、それが右へ行くほどまだらになって、緑に埋もれていくようになっています。まるで自然に帰るかのような世界観です。 通天橋の裏側が見えます。臥雲橋から見た時と異なって少し見下ろすようなアングルになるのと、通天橋の展望台がこちら側にはないので、違う橋かと思ってしまうほど印象が変わります。 ではここから、いよいよその通天橋を目指します。一旦、本堂のほうまで戻って、先ほどの通路を行きます。拝観受付を通って先へ進むと、 キレイに紅葉したモミジがありました。この辺りには、一面モミジの木が広がっていて、秋には美しく紅葉した森林や渓谷を楽しむことができます。が、撮影日は思いっきり春だったので、なぜ紅葉してるのかは謎です。まあ、モミジはちょいちょい季節外れの紅葉を見せることがあるので、春でも赤く染まった姿を見れる場合があります。 そこから反対側を望むと、先ほどの枯山水庭園に囲まれた方丈と通天台が見えます。 やはりちょっと高台に建っているのがわかります。ここも手前にはモミジが広がっているので、秋の紅葉シーズンにはいい写真が撮れることでしょう。冬の雪景色もいいかもしれません。 そして肝心の通天橋ですが、中へ入るとこんな感じに見えます。 結構飾り気がなく、シンプルな構造です。禅宗寺院なので、こんなものと言えばこんなものですが。で、この通天橋にしても、通天台にしても、臥雲橋にしても、どこに立っても建物が見えるは、周囲に植えられている樹木がモミジだからでしょう。モミジは低木であるがゆえに幹や枝は横へ伸びる性質をもっており、あまり高くならないからです。そのため建物が隠れることがなく、調和のとれた風景になります。 ここまで来ると植生も変わって、松の木など多種類の樹木が見られるようになります。まあ、モミジもいいけど、そればかりじゃつまらないしね。 そして、この坂道を登り切ると、東福寺の常楽庵というところへ着きました。 こちらの長い縁側の続く建物は客殿です。目の前には白砂の庭があり、静寂に包まれていて、座禅を組むには絶好の縁側です。ちなみに普門院ともいうようです。 その先にある正面の建物が、開山堂です。大屋根の上に付属してる楼閣は、伝衣閣と言います。京の五閣の内の一つに数えられる名建築です。 大佛寶殿と書かれたバージョンです。左上のハンコには、山号の慧日山(えにちさん)と書かれています。下のハンコには、東福禅寺と書かれています。上のハンコはお寺の紋で、下り藤を用いています。藤紋は藤原家の家紋として有名で、東福寺は藤原一門である九条道家が開基しているので関係しています。 が、東福寺の紋は六条藤なので、なぜ九条藤でないのかは疑問です。 もう一つはこちら。 東福寺のシンボル、通天橋、通天台にちなんだ、通天の御朱印です。東福寺に来たからには、むしろこちらの御朱印のほうが欲しくなりますよね。ハンコは全く同じものを使っているので、違うのは中央の名前だけです。 「念ずれば天に通ず」という言葉から来ているものと推測されます。そういう点でもこちらの御朱印のほうが意義深いので心に残ります。 ついでに行きたい近くの寺社 注目の記事 さらに運気アップ!開運LINEコンテンツ |
