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宇賀福神社 [戻る]湘南最強の金運・財運の開運スポット 【住所】 神奈川県鎌倉市佐助二丁目25番16号 【主祭神】市杵島姫命(本宮) 弁財天(奥宮) 【創建】 文治元年(1185年) 【例大祭】4月初巳日、9月白露巳日 【末社】 上之水神社、下之水神社、七福神社 【社務所】あり 【ご神職】職員が8時~17時(巳の日は6時~)まで 【最寄駅】JR横須賀線・江ノ島電鉄 鎌倉駅 【HP】 https://www.kanagawa-jinja.or.jp/shrine/1205037-000/ 【御由緒】 源頼朝が、巳年である文治元年(1185年)の巳の月(旧暦4月)巳の日、巳の刻にある夢を見た。それは宇賀神から「この地に湧き出す水で神仏を供養すれば、天下泰平の世が訪れる」とお告げを受けるというもの[3]。そこで頼朝は佐助ヶ谷の岩壁に湧く霊水を見つけ、そこに洞を穿ち社を建てて宇賀神を祀ったと伝えられる。 同じく巳年の正嘉元年(1257年)に、5代執権北条時頼がこの霊水で銭を洗って一族の繁栄を祈願したのが銭洗の始まりだといわれる。 宇賀神と弁財天が神仏習合して弁財天と呼ばれ、相馬天王(扇ガ谷)の末社だった。明治時代の神仏分離により、相馬天王は八坂大神と改称、当社も祭神を市杵島姫命とし、1970年(昭和45年)には末社から独立した。 Wikipediaより 関東有数の金運のパワースポット、銭洗弁財天宇賀福神社を訪れます。鎌倉の西部、源氏山周辺のエリアでは最も人気のある神社です。 佐助一丁目交差点を北へ曲がり、小川沿いの住宅街の道をえっちらおっちら歩いていると、三叉路で写真のような古い石の道しるべが二つ現れます。 佐助稲荷神社のものと並んでいるのですが、これ立ち位置が逆で宇賀福神社は右の道を進みます。非常に紛らわしいので、注意が必要です。 そして住宅街を抜けて坂道の勾配が急になるところに、もう一つ道しるべが立っています。 うっそうと草が茂った崖沿いに社号碑と石鳥居が立っており、真っ暗闇で先も見えず、なんでこんなところに神社があるのか不思議に感じます。 後で調べてみたら、この洞穴は昔はなかったそうで、第二次世界大戦中に掘られたとのことです。なので、かつては今でもある南側の山道が表参道として使われていたそうです。 そんなトンネルを抜けると、ちょっとした千本鳥居が現れました。 外の人けのない薄暗い山林の風景と真っ暗なトンネルから一転、明るくにぎやかな景色に変わりました。周辺のベンチには日本人のみならず多くの外国人もいて、かなり海外にも知れ渡っているみたいです。 そして、上の写真の右の建物が授与所兼受付で、ここで参拝料を払ってロウソクと線香とざるを受けとります。 写真の本宮の周りにロウソク立てがあるので、そこで火を点けてお供えします。線香はロウソクの火であぶって、近くにある香炉へお供えします。その線香の火で、身をお清めします。 こんなところも宇賀福神社ならでは。ちょっとよそでは見られませんね。 ただ、龍も開運を司り、特に蛇同様金運のご利益があるとされているので、ここも拝んでおきました。ちなみに岩陰の水たまりには、小さな金魚が泳いでいました。この金魚も縁起物です。まあ、金の字がついてますからね。 では、ここからは境内社をめぐっていきます。まずは、上之水神宮です。 こちらは七福神社です。その名の通り七福神(恵比寿、大黒天、毘沙門天、弁財天、布袋、福禄寿、寿老人)をお祭りしている神社です。神社であるにもかかわらず、線香をお供えする香炉があります。社殿は近年建て替えたらしく、無垢の若木が使われていました。 このように池の対岸に社殿があります。社殿は隣の七福神社と同じデザインで、同時に建て替えられたものと思われます。その社殿のある向こう側へ渡るために、鮮やかな朱塗りの橋が架けられています。池、橋、社、岩、草木という、日本の庭園の王道がそろっていて風情があります。 この池にも滝があって、清水が流れ込んでいます。 ここが崖地なので地層の間から水が漏れだしやすく、そこかしこから水が湧き出ているようです。恐らく、下が水を通しにくい泥岩で、上が水を通しやすい砂岩なのでしょう。その境が露出しているのがここで、泉となっているものと思われます。 そこから一転、旧表参道のほうへ向かいます。すると・・・ 弁財天のレリーフが刻まれた石碑がありました。奥宮の主祭神ですね。しかも、ここにもお寺にあるような香炉が用意されています。どうやら宇賀福神社は神仏習合の名残が濃いようです。 まず神社の社号ではなく、通称である錢洗辨財天と書かれています。代わりに社号は、左下の四角いハンコの中に書かれています。右下には佐助地区の通称であるかまくら隠れ里とあり、市街地からは一線を画したエリアであることを示唆しています。 ハンコについては、右上の鎌倉五名水が売り文句となっています。これに選ばれるくらい、昔から良質で水が豊富な場所であることを表しています。そして何と言っても中央のハンコ。波紋の輪っかが目を引きます。さすがに水にまつわる神社ならではのデザインです。 ただ、気になるのがその中にある、三つ鱗紋(みつうろこもん)です。これが入っているということは、鎌倉幕府の執権を世襲した北条家の庇護があったということ表しています。が、本来執権北条家の紋は正三角形をしているので、これだと戦国時代に小田原を拠点に関東を制した後北条氏になってしまいます。まあ、枠内に収めるために上下を潰した形にしちゃったんだと思いますが。 ついでに行きたい近くの寺社 注目の記事 さらに運気アップ!開運LINEコンテンツ |
