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泉岳寺
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【住所】 東京都港区高輪二丁目11番1号

【宗派】 曹洞宗

【本尊】 釈迦如来

【創建】 慶長17年(1612年)

【開山】 門庵宗関、徳川家康(願主)

【最寄駅】都営浅草線・京急本線 泉岳寺駅

【HP】  https://sengakuji.or.jp/

【概要】
泉岳寺(せんがくじ)は、東京都港区高輪二丁目にある曹洞宗の寺院。青松寺・総泉寺とともに曹洞宗江戸三箇寺の1つに数えられる。

慶長17年(1612年)に徳川家康が外桜田(桜田門周辺)の地に門庵宗関を招いて創建した寺院。寛永18年(1641年)の寛永の大火で焼失したが、徳川家光の命で、長府毛利・笠間浅野(再建とほぼ同時期に赤穂転封)・鹿沼朽木・丹羽・水谷の5大名により、現在の高輪の地で再建された。御手伝普請の大名は菩提寺とする事で徳川への忠誠を示す。

移転してきた当時の泉岳寺は、現在の三倍近い寺領を有し、学寮だけでも九棟あって二百人もの学僧が修行していた。境内の壮大さは『江戸名所図会』の鳥観図で描かれている。

元禄14年(1701年)3月、松の廊下の刃傷により切腹した浅野長矩が、次いで元禄16年(1703年)2月、元禄赤穂事件で赤穂義士が葬られた。 長矩正室の瑤泉院(阿久里)、長矩実弟の浅野長広(浅野大学)、長広の代々子孫、大石家の墓所も当寺にある。

浅野大学家と大石大三郎家(小山流)、広島藩の大石別家(横田流)も断絶したが、瀬左衛門の家が赤穂藩(森家)大石宗家としてかつての主君や義士の祭祀を継承している。今も義士祭などに参加されている。

義士の討ち入り後、当時の住職・酬山が長矩の脇差(村正)や義士の所持品を売り払って収益を得たことに世間の批判が集まり、あわててこれらの品を買い戻しに走ったことがある。それでもなお大半の遺品が散佚し、21世紀になってから発見されたりする刀剣が続出している。

加えて、当該住職は怠惰で義士の墓所も放置してしまい、「泉岳寺の墓地には草が丈高く生い茂って、墓が並んでいるのも見えない」と同時代人の記録が残る。徳川吉宗の治世までは、江戸の墓参者が殆ど無かったと書かれている。「江戸開帳年表」にも1750年まで泉岳寺の記述は無い。 江戸三座での歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』上演もあって、人が来るようになったので金銭を徴収することにし、金の無いものは門番が入れないようにした。

1752年(宝暦2年)に赤穂義士の五十回忌の法要が営まれ、赤穂義士子孫で唯一、富森正福(富森正因の長男)が参列している(大石良恭も生存しているが参加した記録がない)。

また、江戸城で刃傷を受けた細川家との関係悪化により、寄進された梵鐘を鐘楼から除去し、のちに寺から放出した。(但し21世紀になって、細川重賢により処分された熊本藩邸の義士切腹地から欠けた皿が出土、細川綱利が義士墓に供えた遺品の可能性が指摘されている)。文化3年(1806年)の丙寅の大火(泉岳寺大火)で高輪の薩摩藩邸が全焼、島津家との関係も悪化した。山号の萬松山は松平の松より(「松萬代に栄ゆる」の意)、寺号の泉岳寺は「源の泉、海岳に溢るる」と徳川(源氏長者)に由来するため、徳川家の力が弱まると毛利家も支藩の菩提寺使用を止めている。

1832年(天保3年)、住職・貞鈞により山門が再建、天井に「銅彫大蟠龍」が嵌め込まれている。1836年(天保7年)には、梅庭和尚の勧進で中門が完成する(都史跡)。

明治元年(1868年)11月5日(12月18日)には東京行幸中の明治天皇が、権弁事山中献を勅使として泉岳寺に派遣し、大石内蔵助以下赤穂義士47士の墓前に「汝良雄等固ク主従ノ義ヲ執リ 仇ヲ復シ法二死ス百世ノ下人ヲシテ感奮興起セシム 朕深ク嘉賞ス 今東京ニ幸ス因ッテ権弁事藤原献(藤原は山中献の本姓)ヲ遣使トシ汝等ノ墓ヲ弔シ 旦金幣ヲ賜フ 明治元年戊辰十一月五日」という勅宣を賜い、赤穂義士の忠節を追弔した。

1879年(明治12年)12月には、忠臣蔵に関心が深かった信夫如軒が泉岳寺で金20円を出して大石内蔵助の法要を開き(寺でも初めての事であったという)、その後も二、三回開いたが、東京帝国大学(旧東京大学)総長・加藤弘之から圧えられたという背景で明治35年(1902年)4月に弘文堂書店から刊行された『赤穂義士実談』が講述されている。

明治14年(1881年)10月27日には来日中のイギリス女王ヴィクトリアの王孫アルバート・ヴィクター(後のクラレンス公爵)とジョージ(後の英国王ジョージ5世)の兄弟が泉岳寺を訪問し赤穂四十七士の墓を詣でている。

1891年(明治24年)、『オッペケペー』で人気を博した川上音二郎は、赤穂義士の墓が荒れ果てているのを見て、貧者救済の名目で寄付をした。寺は「首洗いの井戸」を整備した。当初は井戸の後方に川上の墓が建っていたが、今は檀家墓地に移されている。

大正に入ると圓頓住職が荒れた墓地を整備、煉瓦造りの宝物館(現在の義士木像館に相当)を創設した。1916年(大正5年)には中央義士会が誕生、泉岳寺と連携して義挙の公布に勤める。

1923年(大正12年)、関東大震災により建物や墓が倒壊。1945年(昭和20年)には東京大空襲によって本堂が焼失した。1953年(昭和28年)に本堂が再建される。

1989年(平成元年)、「宿なし興道」の名で移動叢林した澤木興道の銅像が本堂前に建立された。2001年(平成13年)に赤穂義士記念館が装いも新たに落慶した。

2020年(令和2年)、破損していた長矩と瑶泉院の墓の修復が完了した。

Wikipediaより


 今回は泉岳寺をお参りしたいと思います。泉岳寺と言えば、駅名にもなっていますし、なにより時代劇や歌舞伎の大定番「忠臣蔵」の舞台になったお寺ですので、知っている人がさぞかし多いでしょう。興味をそそられるところです。


 というわけで、門の前まで来ました。この門は、中門です。一番外側にあたる門ということです。まあ、大きいお寺なので、門がいくつもあるのでしょう。通用口があるということは、昔は身分によって出入口を別けていたということでしょう。

 余談ですが、左脇に高輪中学校・高等学校の看板もありますね。敷地が泉岳寺と隣り合っていて、一旦境内の参道を通らないと通学できない位置にあります。OBに結構有名人がいまして、青空球児(漫才師)、宮本浩次(エレファントカシマシ)、メンタリストDaiGoの他、作家も多数います。


 山門の前まで来ました。中門までの間に、何軒か土産物店や飲食店もあり、ちょっとした門前町になっています。その先に石の太鼓橋があり、世俗と聖域を区切っています。

 門は楼閣になっています。仁王像があるかと思いきや、十六羅漢像を安置しているのだそうです。天井には江戸三龍に数えられる、銅製の蟠龍がはめ込まれています。


 右脇には、境内の案内図があります。広いので必要ですね。日本語だけでなく、英語でも書かれています。アクセスもいいし、有名なお寺なので、外国人観光客も多いのかな?忠臣蔵に関係するエリアは、境内の左側にあるようです。

 そんな案内図の左隣には・・・


 立派な銅造があります。名前を見ると、「大石内蔵助良雄」とあります。仇討のため四十七士を率いた大将です。よく良雄に「よしお」とフリガナを振っているのを見かけますが、当時の諱(いみな)の習慣から「よしたか」と読むほうが妥当ではと思います。

 それはそうと、殿様である浅野内匠頭の銅像はないんですね。まあ、そりゃあそうか。咎めを受けたし、忠臣蔵は大石内蔵助が主人公だからね。
 こちらが本堂です。前庭は一面石畳になっていて見通しがよく、広々としています。


 なにより、本堂が結構大きい。さすが泉岳寺。車寄せの屋根と裳階(もこし:大屋根の下に設ける、風雨除けの細いひさし)もついた、手の込んだ造りになっています。その周囲を瓦屋根の載った塀で囲んでいて、厳重になっています。

 意外なことに浄財箱の紋が桐紋です。浅野家の菩提寺なのでこれに合わせて丸に鷹の羽紋なのかと思いきや、全く異なる紋を使用しています。

 そんな境内の片隅には・・・


 水琴窟があります。感じからして最近作った物のようですが、これ澄んだ結構いい音するんですよね。ここ近年いろいろな神社仏閣で見られるようになってきています。かなり風流で、殊夏場なんかは涼やかな音色を届けてくれるので乙です。

 でここから忠臣蔵エリアへ向かいます。その道中、生け垣を囲む玉垣の前を通るのですが、そこに刻まれた奉納者名が興味深いです。


 松竹、東映、東宝は、日本を代表する映画製作配給会社なので、当然奉納するでしょうね。オリンパスはカメラの製造を手掛けているから関係していますが、マヨネーズのキューピー(本社渋谷区)がなんで奉納しているかは、よくわかりません。

 それから、俳優さんたちももちろんいます。


 五代目中村勘九郎(のちの十八代目中村勘三郎)、三代目中村橋之助(現:八代目中村芝翫)は歌舞伎役者ですね。松方弘樹、高橋英樹といったら、時代劇俳優の大御所なので、うなずけます。というか、これって泉岳寺へ来てるってことですよね。お~ぉ、スゲーッ!

 他には、冨士真奈美。女優ですからね、忠臣蔵はないものの他の時代劇には出てらっしゃったし。

 謎なのが、ミスターこと長嶋茂雄終身名誉監督。いわゆるひとつの読売ジャイアンツである「巨人軍」とか書いてあるし、知ってるっつーの。まあ、この名前を見ただけで、パーッとブワーッと強いオーロラを感じます。

 土手沿いには、大きな石碑がたくさん集まったエリアもあります。大般若経供養塚や筆供養塚などがあります。


 天野屋利兵衛の石碑については・・・何でしょう?後に調べたところ、忠臣蔵に出てくる人物だそうです。歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」などで赤穂浪士に武器を手配したとされる大阪の廻船問屋の商人だそうですが、史実ではそんな記録はないそうで、架空の人物説があるくらい無関係なのだそう。

 で、この天野屋利兵衛の石碑の右隣には、吉良上野介の首を洗ったと伝わる首洗い井戸があります。この首洗い井戸は吉良邸にも存在しており、経緯はわかりません。


 こちらは大石家の墓地です。こんな高みに広い土地をとって、柵で囲んであります。門を見ると、下り藤の紋がはめ込まれています。播州大石家は藤原北家の出自とされていることから、藤原家の紋を周到しているものと思われます。ただし、肖像画に描かれている陣羽織の紋や、大石内蔵助を祀る大石神社の社紋が二つ巴紋なので、相違があることは注記しておきます。


 こちらは阿久利姫のお墓です。浅野内匠頭の正室で、赤穂浪士の助命嘆願をしたと伝わる人です。本人は別のお寺へ埋葬することを望んだそうですが、それが叶わず、内匠頭と同じ泉岳寺へ埋葬されました。
 そしてこちらが事件の発端となった、浅野内匠頭のお墓です。


 実の名を浅野長矩といいます。戦国武将で五奉行の筆頭であった浅野長政の子孫で、本家は安芸広島藩を継ぎ、長矩の赤穂藩は支藩と呼ばれる分家にあたります。

 で、この長矩があの有名な江戸城松の廊下事件を起こしました。江戸城内では警備上、抜刀を禁止していたのですが、長矩はこの禁を破って吉良上野介に切りかかりました。しかもこの日は、将軍徳川綱吉が権威づけのために朝廷と行う儀式の当日であり、吉良・浅野双方が儀式のお役目を命ぜられていたにもかかわらず強行に及んだため、即日切腹を命ぜられました。

 よくよく調べてみると、長矩の叔父は増上寺で四代将軍家綱の葬儀中に、又従兄も江戸城内で殺人を犯しており、どうも場を考えずキレやすい血筋だったようです。

 そしてこちらが四十七士の墓所です。


 全員分の墓石があります。なので、大石内蔵助はもちろん、息子の吉金や仇討強硬派筆頭だった堀部安兵衛のお墓もあります。

 この中で一番奥、ひとつだけ小屋の中にあるのが大石内蔵助のお墓です。


 大将だけあって、これだけひと回り大きいです。小屋の中にはたくさんの卒塔婆があり、手厚く供養されているのがわかります。数多くの歌舞伎役者さんや玉垣に名前があった松方弘樹、高橋英樹、冨士真奈美、そしてミスター長嶋茂雄も墓参したということですね。
 では御朱印です。泉岳寺の場合、寺務所と赤穂浪士墓所とで2カ所授与所があります。しかもそれぞれデザインが違うので、別々にいただく必要があります。

 そんなわけで、まずは寺務所で頂いたものから。寺務所で御朱印をいただくと、待ち時間にちょっとした写経をするよう求められます。


 こちらは本堂にある御本尊の釈迦如来の名前が書きこまれています。授与所が別ではあるものの、四十七士廟所の文言もあります。全体的にカクカクした筆跡で、少々明朝体のレタリングっぽい感じがします。右上にはお寺の紋の五三桐もあります。

 続いて赤穂浪士の御朱印です。


 こちらは大石内蔵助が持ち歩いていた仏像の摩利支天の名が書かれています。大石内蔵助の名前の周りがギザギザ模様で縁取られていますが、これは赤穂浪士が来ていた羽織の袖がだんだら模様だったことに由来しています(幕末の新撰組もだんだら模様を愛用)。右上には主家浅野家の鷹の羽紋、左下には大石家の巴紋のハンコがあります。



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