メニュー
  • トップページ
  • 東京都
  • 神奈川県
  • 千葉県
  • 栃木県
  • 山梨県
  • 長野県
  • 京都府
  • コラム
  • 鉄道路線・沿線スポット
  • ご利益・御祭神・宗派
  • 七福神・世界遺産・厳選スポット

ネットショップのコツ
  • ネットショップのイロハ

白山神社
[戻る]
【住所】 東京都文京区白山五丁目31番26号

【主祭神】菊理姫命、伊弉諾命、伊弉冊命

【創建】 天暦2年(948年)

【例大祭】9月21日

【末社】 関東松尾神社、白山浅間神社(富士塚)、稲荷神社、八幡神社など

【社務所】あり

【授与品】御札、御守、絵馬、おみくじ、御朱印、破魔矢

【最寄駅】都営三田線 白山駅

【HP】  http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/bunkyo/5901(東京神社庁HP)

【御由緒】
白山神社(はくさんじんじゃ)は、東京都文京区白山にある神社である。旧称白山権現社。この地域の「白山」という地名の由来である。

天暦2年(948年)、加賀国の白山比咩神社から勧請を受けて、武蔵国豊島郡本郷元町(現在の本郷1丁目)に創建された。元和年間(1615年-1624年)に将軍徳川秀忠の命で巣鴨原(現 小石川植物園内)に移ったが、明暦元年(1655年)、その地に館林藩主徳川綱吉(後の5代将軍)の屋敷が作られることになったため、現在地に遷座した。その縁で綱吉とその母桂昌院の崇敬を受け、以降、徳川将軍家から信仰された。明治初期には准勅祭社に指定された。

毎年6月の中旬に、文京花の五大まつりのひとつ文京あじさいまつりが開催され、境内や隣接する白山公園では、約3,000株の紫陽花を見ることが出来る。まつりの会期中は富士塚が公開され、土日を中心に歯ブラシ供養や縁日など、様々な催しが実施される。

Wikipediaより


 東京十社のひとつである、白山神社(文京区)に参拝します。白山通りの名の由来となった神社で、そこから分岐した京華通りのほうから向かいます。


 このように路地の中に社号碑がポツンとあります。奥には階段が見えます。左側も一段高くなっており、比較的起伏がある土地であることがわかります。

 階段のそばまで近づくと・・・


 アジサイが咲き始めていました。もう夏になりかけているようです。5月下旬には青い花が満開になって、色鮮やかな風景になっていることでしょう。

 奥のほうにはツツジのピンクの花が見えます。この時はもうしぼみ始めていて、もう終わりかけていました。

 そんな階段を登り始めると・・・


 右側には2種類のモミジが互い違いに植えられています。奥のほうはイロハモミジ系の品種で、手前のほうはベニシダレ系かと思います。ベニシダレの系統の若葉はまだ葉緑素が少ないので、タンニンの赤褐色が透けて見えてしまい、春にもかかわらず紅葉しているかのような姿になります。夏になるにつれ葉緑素が増えていき、ここから段々と緑色へ変化します。

 そして、先ほどから見える左側の和モダンな塀の奥が、ここからだと望むことができます。


 三角屋根が特徴の和風の家屋が見えます。こちらは龍雲院という臨済宗のお寺です。どうも話によると、山岡鉄舟や王貞治が修行をしたことがあるらしいです。
 階段を登り切ると両サイドに石柱。そこに何か書いてあります。


 「福徳」「皇恩」と書いてあります。天皇陛下のご恩によって福徳がもたらされたということでしょうか?まあ、明治天皇によって東京十社(本来は十二社)に選ばれてますからね。

 その先には駐車場として使われている広場があり、これを囲むようにデザインがバラバラな何棟もの小屋が並んでいます。モルタル仕上げやトタン張り、石積みなど壁材は様々で、屋根も瓦葺きから銅板葺きまで。色も、白、ベージュ、赤、青、グレーなど、統一感が全くない。


 これらの小屋は恐らく神輿庫であろうと思いますが、それぞれ町内会ごとに分かれて建てられているために、てんでバラバラなデザインになってしまっています。

 余談ですが青いトタン小屋の壁には注意書きが。やってはいけないことに、「火気厳禁」「無断駐車」まではよく見ますが、「トレーニング全般」とか「サークル活動」とか「球技一切」とかって、あまり見ない。明らかに裏手にある東洋大学の学生へモノ申してるなと。

 そんな神輿庫を後に、境内社を参拝します。


 こちらは八幡神社です。勝運の神様である誉田別命(応神天皇)をお祀りする神社です。この辺りは緑が豊かで、アジサイやツツジ、ツワブキなど、たくさんの種類の植物を見ることができます。

 鳥居をくぐって、もっと近づきます。


 こんな感じの保護用の屋根の下に社殿があります。その手前には大きな賽銭箱が。よく見ると中央にまず見かけない字が。「家」偏に、旁が「奈」「加」と書いてあります。IMEパッドで検索しても一切出てこない。この世に存在しない造語なのか?奉納と書いてあるので、奉納者なら知っているのか?

 そのそばには立派な大木が。


 白旗桜という桜の木です。この時はもう花が散っていて、葉桜になってしまっていました。手前にある大きな石碑に、この木のいわれについて書いてあります。

 その右隣りには、小さな祠。


 何の神社か不明です。扉の右側に白い札が貼られていて、そこに名前が書いてありそうなのですが、バリケードがあって近づけません。ホームページはないし、東京神社庁のページは簡易的だし、Wikipediaにも書かれていないし、グーグルマップにも載っていないので、わかりません。ああ、御朱印もらう時に聞けばよかった😓

 その隣にも、まだ境内社があります。


 こちらは合祀社で、稲荷社、三峯社、玉津島社、天満天神社、山王社、住吉社の6柱をまとめて祀っています。特に玉津島、天神、住吉は、和歌三神と呼ばれる神様だそうで、それが一堂に会しているのは珍しいかも。学業成就、芸事上達のご利益が強そうです。

 そのそばには、変なデザインのモニュメントが。なんかてっぺんに漬物石みたいなものが載っています。銘板が埋め込まれているので、よく見ると・・・


 帝國在郷軍人会小石川東部分会第二班とあります。どうも戦前に作られたもののようで、帝国軍人の慰霊碑か顕彰碑なのかもしれません。

 それと、こちらの境内社だけやけに立派でした。社殿も大きく、ブロック塀で囲われ、奉納樽もたくさんあり、お庭まであって、ちょっと別格な扱いです。


 関東松尾神社というそうです。京都嵐山の松尾大社を総本社とする系統です。山の神で農耕治水を司る大山咋神(おおやまくいのかみ)と、商売繫盛・五穀豊穣・大漁祈願・海運安全を司る中津島姫命(市杵嶋姫命と同一、弁財天と習合)を祀っています。

 そんな関東松尾神社の左手に回ってみると・・・


 ここに破魔矢を差したの誰やねん!

 破魔矢だけに、四つ割り菱のブロック塀の穴に上手くハマってます。

 余談ですが、この穴あきブロック、いろいろなパターンがあって昔はよくあちこちで見かけたのですが、今は製造していないんだと。穴を開けていることで耐久性に疑問が持たれていて、製造禁止の勧告が出されてんだとか。ドラえもんののび太の家とか、天才バカボンの家とかにも出てきて、昭和のド定番だったのに。

 社務所の裏手にももう一社ありました。


 こちらはお稲荷さんのみを祀っています。何体か狐の石像もありますね。周囲はツツジだらけで、ちょっと前まで咲き乱れていた様子があります。他はモミジの木が1本。この木立の陰には石碑が2基あります。

 東参道の脇には、人物の肖像がかたどられた銅製レリーフの石碑があります。


 上のタイトルを見ると、孫文先生座石とあります。中国の民主化と近代化を唱え、清朝終焉と中華民国成立の原動力となった偉人孫文が、日本に滞在していた時期にこの神社を訪れてここに座ったようです。外国の要人も参拝したとは・・・。

 で、こちらが東参道から見た神社です。こちらの社号碑のほうが大きく、立派な石鳥居もあって、あたかも表参道のようにみえます。


 ただ、南口のほうが石畳があるし、社殿正面も南へ向いているので、やはりこちらは脇参道ではなかなと。車も入れるようになっているし。ただこちらのほうが駅近なので、ここから入ってくる人は多いかも。

 さらに階段の上には、注連柱があります。


 ちょっと変わった柱で、鉄製の枠がはめ込まれ、ゲートのようになっています。唐草の装飾がついていたり、神社のシンボルの三つ巴紋があしらわれていたりと、あまりよそでは見ないデザインです。古びた感じもあるので、どうも結構前からありそうです。

 そんな柱を通って再び中へ入ると、また大木が目に入ります。


 こちらも白旗桜だそうです。どうも2本あるようです。しかも白旗を名乗るところ、源氏と関係がありそうです。牛天神に腰掛け石が残っていることから、源氏の頭領源頼朝は文京区内をウロチョロしていたようなので、もしかしたらここにも立ち寄った可能性がありますね。

 そんな白旗桜の下には左に時計台、右に手水舎があります。


 こちらが手水舎です。いかにも伝統的な造りで、瓦屋根、石造りの手水鉢、銅製の龍口と、すべて王道なスタイルになっています。

 両脇には竹で作った格子が掛けられています。へちまかゴーヤでも植えてここに絡ませて、グリーンカーテンでも作るのでしょうか?ちょうど水場のそばだし、それもそれで夏場涼やかな風情が出て、絵になりそうです。ちなみに、今植わっているのは、アジサイとツツジとヤツデの木です。ヤツデは天狗の団扇に使われている葉っぱですね。

 ではいよいよ拝殿へ向かいます。正面(南側)からの遠望です。


 たくさんの植木に囲まれて建っているのがわかります。アジサイ祭りをやるくらい有名なだけあって、アジサイの木がとにかく多いです。これ梅雨の時期になったら、どれだけ咲き乱れるんでしょうかね?色違いもあるでしょうし、ものすごく豪勢なことになりそうですね。

 手水舎方面からのアングルはこちら。


 こちらからの見た目もいいですね。手前のツツジがまだ満開で残っているので、華やかに見えますね。狛犬や水鉢もあるのがわかります。

 木材が変色し年季が入っているのを見ると、社殿は結構古そうです。下手したら戦前に建てたものが残っているのかもしれません。

 反対側からも見てみます。


 鬼瓦を見ると、金色に輝く亀甲に撫子(なでしこ)の紋がはめ込まれています。白山神社系の場合、特に紋は統一されていないようですが、亀甲に撫子はちょっと珍しい。長寿の象徴の亀と大和撫子という縁起物同士の組み合わせなので、より開運効果がありそうです。

 建物の様式は権現造と思われます。江戸時代に登場した様式なので、これ以降の建築と予想できます。

 そんな社殿の前には・・・


 東京十社を示す看板が。他のスポットでも、全く同じものが立っています。まあ、この紋所が目に入らぬかと言わんばかりに、格の違いを表しています。

 これで終わりだと思うところですが、もうひとつ見逃せないものがあります。それは社殿と社務所の間の通路を進んだ先にあるので、見に行きます。


 それがコレです。赤い鳥居があって、ここも何か祀っているのがわかります。実はこれ、富士塚です。石畳があって上へ登っているので、こちらが登山道なのがわかります。ただ、木々がやたらあるので、山容が全く見えません😅

 先のほうを見ると・・・


 遠くに小屋が見えます。これが浅間神社の社です。この日はゲートが閉まっていたので登れませんでしたが、お祭りの日に開放されるようです。

 長い年月が経っているのか大木まで生えていて、原型を留めているのかどうか。低木のほうはツツジやアジサイなので、花の時期はカラフルになるでしょう。足元のほうにも別の花が。




 アヤメの仲間ですね。今一番いい頃合いの咲きっぷりです。こういう紫の花も欲しいところ。

 この富士塚から、後ろを振り返ると・・・


 白山神社の本殿がそびえています。拝殿から伸びた渡り廊下の先に、楼閣のごとく建っています。入母屋造の屋根に、縁側を設けた方形の社殿です。

 ところで、この本殿の裏は白山公園という児童公園になっています。遊具もあって、この日は保育士さんに連れられて園児たちが遊んでました。

 それでは御朱印のご紹介です。折れ曲がらないよう厚紙に入った、書置きの物をいただいてきました。なかなか気の利いてる。


 全体的にシンプルではあります。その中で、右下の「元准勅祭十社之内」とあるのが東京十社の証です。あとは、この辺りが小石川エリアということで、地名も入れてくれています。




ついでに行きたい近くの寺社
【根津神社】谷根千エリア

古き良き下町情緒が色濃く残る谷根千エリアのランドマーク。
都内有数の千本鳥居は都心から簡単に行けるフォトジェニックスポットとして、
外国人観光客にも人気。

注目の記事
【わが家の神棚】

自宅に神様を祭る開運アイテム「神棚」
わが家のちょっと風変わりな神棚をご紹介
真っ赤な稲荷式神棚のスタイルで
ならではの装備品が多数陳列

さらに運気アップ!開運LINEコンテンツ
【開運グッズのスタンプ・着せかえ・絵文字】

参拝だけでなく、普段から持ち歩くことでさらに運気アップ!
御朱印、御守り、お札、絵馬、おみくじなど
開運アイテムのコンテンツで今年も幸せに!
恋愛運 金運 健康運 仕事運 総合運

上に戻る






ごしゅトコ サービス案内
トップページ | 東京都 | 神奈川県 | 千葉県 | 栃木県 | 山梨県 | 長野県 | 京都府 | コラム | ネットショップのイロハ |
Copyright 2024 ©ごしゅトコ All Rights Reserved.
Powered by LCK cloud
ホーム 会員登録 ログイン