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蘆山寺 [戻る]【住所】 京都府京都市上京区寺町通広小路上ル北之辺町397 【宗派】 天台宗 【本尊】 阿弥陀三尊(重要文化財) 【創建】 天慶元年(938年) 【開山】 良源 【HP】 https://www7a.biglobe.ne.jp/~rozanji/ 【概要】 比叡山天台18世座主元三大師良源によって天慶年中(938年~947年)に船岡山の南に創建されました。寛元3年(1245年)に法然の弟子である覚瑜が船岡山の南麓に再興、中国の廬山にならって蓮社を結び道俗貴賎が群集し、廬山天台講寺と号しました。 室町時代に応仁の乱で焼失した後、元亀2年(1571年)、織田信長の比叡山焼き討ちは正親町天皇の女房奉書により免れましたが、天正年間(1573~1593)に現在地に移転してまいりました。度々の火事のため、現在の御仏殿(通称本堂)と御黒戸(通称尊牌殿)は寛政6年(1794年)、光格天皇が仙洞御所の一部を移築し、女院、閑院宮の御下賜でもって造営された。明治維新までは御黒戸四箇院と云って、宮中の仏事を司る寺院が四ケ寺ありその中の一つでありました。けれども、廃仏毀釈により宮中より天台宗にお預けになり、明治天皇の勅命により当山のみが復興され現在は天台圓淨宗として今日に至っております。 HPより ということで、山門前に来ました。寺町通沿いに建っており、その名の通りこの近辺には数多くの寺社が建っている他、すぐ近くには京都御所などもあります。 そんな列をなしている寺町の一角に蘆山寺もあります。門前には紫式部邸宅址の碑もあり、一目でわかるようになっています。 この山門をくぐるとすぐ見えるのが元三大師堂で、この奥に本堂があります。元三大師とは、厄災や疫病などの災難を払ってくれると言われている魔神で、共通した特徴的な絵で表現されます。東京だと調布市にある深大寺が、これを大々的に祭っていることで有名ですね。 こんな感じで、平安時代の寝殿造の邸宅にありそうな、古式ゆかしい風情あるお庭が広がっています。ここは源氏庭というそうで、源氏物語から名前をとったものと思われます。紫式部はこの庭を眺めながら構想を練り、執筆に励んだのでしょうか? ちなみに、元三大師堂と本堂をつなぐ渡り廊下付近にはモミジの木があり、春にもかかわらず紅葉していました。 全面真っ赤で、見事に紅葉しています。松葉の緑とのコントラストから、季節外れにもかかわらず華やかな雰囲気を作っていました。 あと、お墓場の奥にあるので気軽に見に行くのはちょっと気が引けますが、境内の一番奥に御土居(おどい)の一部が保存されています。御土居とは、戦国時代末期に豊臣秀吉が京都の改造工事の一環として建築した、市街地を囲む土塁のことです。洛中の惣構(そうがまえ)ともいうべき建築物で、国の史跡にもなっています。 金山毘沙門天と書かれたバージョンです。京都七福神の第三番札所とのことで、ご本尊の他に毘沙門天も安置しているからです。そのためそれを表すために、左上のハンコには毘沙門天愛用の武具である戟(げき:柄の長い三俣の武器)が描かれています。これで悪鬼を追い払ってくれそうです。 もう一つは、紫式部邸宅址と書かれたバージョンです。 これに合わせて右上には、紫式部の顔が描かれたハンコが押されています。いかにもといった感じです。あとはなぜか左上に京都と書かれています。あまりここに地名を書くことはないので、ちょっと珍しいですね。まあ、京都はブランドなのでいいでしょう。 ついでに行きたい近くの寺社 注目の記事 さらに運気アップ!開運LINEコンテンツ |