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長崎神社 [戻る]【住所】 東京都豊島区長崎1丁目9-4 【主祭神】須佐之男命、櫛名田比売命 ← 十羅刹女 【創建】 不詳 【末社】 小柳稲荷神社、長崎招魂社 【社務所】住居はあるが・・・ 【ご神職】??? 【授与品】なし? 【最寄駅】西武池袋線 椎名町駅 【HP】 http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/toshima/5286/(東京神社庁HP) 【御由緒】 創建年代は不明である。隣接の金剛院が当社の別当寺になった江戸時代中期の祭神は十羅刹女で、「十羅刹女社」という名称であった。現在も「十羅刹女社」と彫られた石の水鉢が残っている。明治初期の廃仏毀釈(神仏分離)により、当社は金剛院から切り離され、十羅刹女は祭神から排除され、代わりに埼玉県の氷川神社から分霊を勧請し、「氷川神社」に改称した。1874年(明治7年)に「長崎神社」に改称した。 当社に伝わる獅子舞は、元禄時代に始まるといわれており、豊島区の無形文化財に指定されている。関東地方に多い三匹獅子舞に分類される。 Wikipediaより この通りうっそうとした森林に包まれた境内です。この緑に埋もれるように石鳥居が建って、参拝者を出迎えています。その中を真っ直ぐ突っ切って、石畳の参道が伸びています。 この石畳を歩いて来ると、途中で石段が現れました。 この石段の両脇にゴツゴツした岩が迫っていて、関門のようになっています。しかもよく見ると、岩の上に狛犬が載っていて、参拝者ににらみを利かせています。これは邪気や悪鬼を払うためでもあり、このデザインには聖域感を感じさせます。 その奥には木造の年季の入った鳥居があります。足元には支柱がありますが、これは両部鳥居と呼ばれる形式です。頭頂部には屋根もついており、古びてはいるものの凝った造りになっています。 石段を登るとまた別の狛犬がいました。その先も真っ直ぐ石畳が伸びており、その先に社殿が見えます。松の木が何本か生えているものの、この辺りは広場になっているようです。 所々細々と赤い街灯が立っているものの、光が弱いのでかなり怪しく見えます。これ夜に見たら薄暗くて、肝試しさせられているような感覚になりそうです。 そんな広場の西側には・・・ 神楽殿と額堂があります。右手前が神楽殿、左奥が額堂です。神楽殿は今時よくありそうなプレハブっぽい建物に入母屋屋根をつけた、昭和に再建されたと思わせる建物です。扉もシャッターになってしまっているし、風情は全くのゼロです。 これに対して奥の額堂は結構古そうなので、相当前の建物かもしれません。参拝者が納めた絵画や大絵馬などを飾っておく建物なのですが、この規模のローカルな神社に額堂があるのは珍しいです。 そんなに大きな社殿ではないですが、日枝造瓦葺のオーソドックスかつ伝統的な様式です。両サイドに灯籠と御神木があって、よりキチンとお祀りしています。 ここの神社の場合、境内社が拝殿の両脇の奥に所狭しと鎮座しています。せっかくなので、そちらも参拝します。まずは右側にある、長崎招魂社から。 シンプルな神明鳥居が建っていて、その奥に社があります。塀もあってより薄暗く、幽霊でも出てくるんじゃないかといった雰囲気です。 招魂社ということなので、亡くなった方の英霊を祀って鎮魂するための神社です。大体戦死者や災害被災者とかが多いですが。 石碑や石灯籠もあって、結構ごみごみしている感じです。 「実るほど頭・・・」とあります。実るほど頭が下がる稲穂かなの句ですね。年を取ったり、偉くなったりしても、ふんぞり返ることなく、謙虚にお辞儀やお礼ができる人がよいという戒めを込めた句です。まあ、神社では神様の前で頭を下げますし、自戒を込めて頭に置きたいですね。 そして、その先には・・・ 何やら荒い岩の上に祠を建てています。その上を使いである狐が飛び跳ねています。周囲が少し薮になっているので、ワイルドな光景です。 ついでに行きたい近くの寺社 注目の記事 さらに運気アップ!開運LINEコンテンツ 上に戻る |
