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椙森神社 [戻る]【住所】 東京都中央区日本橋堀留町一丁目10-2 【主祭神】五社稲荷大神(倉稲魂尊、素戔嗚尊、神大市比売、大巳貴大神、四大神) 恵比寿大神(相殿) 【創建】 天慶三年(940年)には存在 【例大祭】5月15・16日 【社務所】あり 【駐車場】数台 【HP】 http://suginomori.g2.xrea.com/ 【御由緒】 藤原秀郷が平将門の乱鎮定のため戦勝祈願し、戦後白銀の狐像を奉納したとされる。文正元年(1466年)には太田道灌が雨乞いに霊験があったとして山城国稲荷山五社大神を勧請して祀った。 江戸時代には江戸三森(椙森、柳森、烏森)の一つに数えられ、庶民だけでなく松平信綱や松平頼隆といった諸大名からも崇敬を集めるようになった。寛文年間には吉川惟足が大巳貴大神の託宣を受けて恵比寿大神を祀った。 社殿は関東大震災で焼失し、昭和6年(1931年)に鉄筋入り耐震構造で再建された。 Wikipediaより 今回ご紹介するのは、椙森神社です。椙森と書いて、「すぎのもり」と読みます。日本橋七福神の中で、釣り、大漁祈願、財運、商売繫盛を司る恵比寿様を祭る神社です。東京商品取引所ビル隣りという、商売に縁のある地域に立地しているのも因果なものを感じます。 こちらが東側の参道です。鳥居意外に何もないので、多分こちらが裏口にあたるのかもしれません。ただし、大通りである人形町通りからだと横道を入ったドンツキにあるので、わかりやすいです。 中をのぞくと、石畳が伸びています。赤い柵の左側は駐車場になっています。 この石畳のドンツキにある青銅製の屋根が手水舎です。手水舎の手前で石畳は直角に折れ曲がり、その突き当りに社殿があります。その左にも鳥居があるので、こちらが表参道にあたるものと思われます。 では中へ入ります。 まずは手水舎からご紹介。デザインとしては、極々一般的な手水舎です。木造ではなく、青銅葺き鉄筋コンクリート造です。龍口はなく、代わりに竹筒から水が出ています。 手前の狛犬がそっぽを向いているのは、こちら側に西参道口があるから。恐らくこちら側が表口にあたります。絵馬掛けもこのそばにあります。 この手水舎の奥には、この神社にしかないシンボルの石碑があります。 富塚です。くじ運のご利益があるとされる塚で宝くじ当選祈願所として人気があり、この日も当選を願って来た参拝客がいました。作法としては、拝殿前にある三宝にくじを載せ、この石碑の前に置いてから祈願するのが習わしとなっています。 車で来た場合はこの右にもうひとつ入口があるので、そこから境内の駐車スペースに入れます。 ちなみにこの駐車スペースに面して、境内の南東の隅にポツンと神楽殿があります。手水舎と同じ屋根が水色、壁が白色です。例祭期間ではないので、戸板で閉め切られ中をうかがえませんでした。 その対面には倉庫のような建物も。恐らく神輿庫ではないかと思いますが、何も書かれていないので確証はないです。こちらも他の建物同様、色が一緒です。 その手前にテントが張られていますが、この奥に社務所・授与所があります。御守の他、御朱印もこちらで配布しています。この時は御朱印帳へ直書きしていただけました。 写真を見るとわかるように、建物がことごとく色を統一しています。屋根は青銅、壁と柱は白でそろえられています。どうも本来の社殿は関東大震災で焼失したそうで、昭和6年(1931年)に鉄筋コンクリート造で再建したために全てこのような姿になったそうです。 そしてこちらが拝殿です。 東京日本橋の名がいいですね。江戸時代から街道の起点とされ、商売の中心地として栄えてきただけに、ブランドイメージがあります。ただちょっと他と違うのは、この東京日本橋の名を隠したくないせいか、多くの神社仏閣で見られる奉拝の筆記がないこと。 そして、七福神のバージョンです。椙森神社神社は恵比寿様をお祭りしているので、その名を冠した御朱印となっています。 所在地がわかるように、椙森の名も入っています。上部には恵比寿様のイラストのハンコが押されており、輪をかけてご利益と得られるものと思います。ちなみに、こちらも奉拝の記載が無いですね。 ついでに行きたい近くの寺社 注目の記事 さらに運気アップ!開運LINEコンテンツ 上に戻る |
