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成宗弁財天社 [戻る]【住所】 東京都杉並区成田東5丁目29番3号 【主祭神】弁財天 【創建】 鎌倉時代か? 【末社】 浅間神社 【社務所】なし 【ご神職】不在 【授与品】なし 【駐車場】近隣のコインパーキングを利用 【HP】 https://www.city.suginami.tokyo.jp/s113/7524.html(杉並区ホームページ内) 【御由緒】 当社は、成宗村がつくられたのと同じ頃、水神様のご加護を祈って、湧水地(弁天池、現在は神社裏手のマンション内)のほとりに創立されたのが始まりと伝えられていますが、詳細は不明です。ご神体は、鎌倉時代に江ノ島弁財天で焚いた護摩の灰を練り固めて作ったという伝説のある、素焼きの曼荼羅像(まんだら)です。 近世の当社は、近在の村々の水信仰の中心地で、日照りが続くと人々は雨乞いのため、弁天社に詣(もう)で、弁天池の水を持ち帰る習慣があったといわれています。近代になっても大正初期頃までは富士登山・榛名詣(もうで)・大山詣等の際には、弁天池で水ごりをして、道中の安全を願ったということです。 この弁天池は天保11年(1840年)、馬橋村等が開削した新堀用水の中継地として利用されましたが、その際池を掘り上げた土で、富士講のための築山(成宗富士と呼ばれた富士塚)をつくりました。この築山は、昭和27年(1952年)頃に取り壊されましたが、境内の大日如来像・惣同行の碑・浅間神社・手水鉢などは、かつての成宗富士のおもかげを伝えています。 また、鳥居前に残る石橋・水路跡は天保用水の名残(なごり)で、明治13年(1880年)銘の中野村・高円寺村・馬橋村三ヶ村用水記念碑(杉並区登録有形文化財)と共に貴重な文化財です。 当社は、弁天講中の人々により手厚く守られてきましたが、現在は隣接する須賀神社世話人と地域の人々により引きつがれ、維持管理されています。 杉並区ホームページより 地蔵菩薩も弁財天も仏教・ヒンドゥー教から来てるものなので、一緒に安置されているのは自然なことです。しかも、地蔵菩薩は水子の霊を弔い、弁財天は水の守護神であることから、水にまつわる点でも共通していますね。 その対面には方形の古い石碑も。 惣同行と書かれています。この石碑は近くに弁天池があったころから一緒に祭られていたものだそうです。隣のマンションの敷地内にかつて池があったそうで、その護りとして弁天社とこの石碑が建てられたそうです。 一度割れたようで、ひびが入ってしまっています。古そうなのにもったいない。 その奥にも木製の朱塗りの鳥居があり、さらにその奥に弁天社の社殿があります。屋根は割と一般的な造りですが、正面の壁が風変りです。 ガラス扉の桟が幾何学的な模様になっていて、モダンでオシャレなデザインになっています。しかも、5枚ある内の真ん中の戸板だけは固定されていて、その代わりに窓の下が箱状になっています。これは賽銭箱で、壁と一体化しています。取り外しできないので、防犯対策はバッチリです。 左を向くと小さな祠が。 ついでに行きたい近くの寺社 注目の記事 さらに運気アップ!開運LINEコンテンツ 上に戻る |
