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梅照院(新井薬師) [戻る]【ご利益】眼病平癒 子育て 厄除け 【住所】 東京都中野区新井5-3-5 【宗派】 真言宗豊山派 【本尊】 薬師如来、如意輪観音 【創建】 天正4年(1586年) 【開山】 快儀 【開基】 行春 【最寄駅】西武新宿線 新井薬師前駅 JR中央線・東京メトロ東西線 中野駅 【HP】 https://araiyakushi.or.jp/ 【概要】 中野区最大の寺院であり、西武新宿線の駅名にもなるなど、都内でも有数の著名寺院である。駅前から山門にかけては商店街の続く門前町となり、地域住民からも新井薬師として古来親しまれている。足立区にある西新井大師と同じ真言宗豊山派の寺院。高尾山薬王院、日向薬師、峰の薬師とともに武相四大薬師に数えられる。 天正4年(1586年)、僧・行春により創建された。本尊は空海作の伝承を有する薬師如来と如意輪観音像である。本尊は表を薬師如来、裏を如意輪観音とする二仏一体の像であるとされ、秘仏であるが、12年に一度、寅年のみに開帳される。江戸幕府2代将軍徳川秀忠の五女で後水尾天皇中宮の和子(東福門院)が当寺の薬師如来に眼病平癒を祈願したところ、たちまち回復したとされることから、特に眼病治癒の利益(りやく)に関して有名になった。その他子育てなどにも利益があるとされている。 当寺は広大な境内に本堂、不動堂があるほか、井戸水(白龍権現水)は一般に開放されており、飲用水として多くの人がこの水を汲みに来る。毎月8のつく日(8日、18日、28日)は縁日が開催されており、境内に多くの露店が並び、たくさんの人々で賑わいを見せている。 また、南北朝時代にこの地域に本拠地を構え、南朝方(新田義貞)についた窪寺氏の葬地にもなっている。 境内の北側は公園(新井薬師公園)になっている。 Wikipediaより 早速ですが、こちらが参道です。このようにキレイに石畳が続いています。参道の入り口の両サイドには石碑が建っており、右側のには通称の新井薬師、左側のには正式名称の梅照院と彫られています。 上の写真右には生け垣があり、所々に桜の木が植えられています。 この参道を進むと小さな山門が現れます。屋根から赤い提灯が下げられており、一字ずつ新井薬師と書かれています。夜には光るので、また違った風情ある姿を見せてくれます。 それにしても、この門に扉がついていないのでちょっと不用心な気もします。 その右隣りもちょっと見てみます。 左の樹は桜の大木で、中央にあるのが本堂と香炉、右の建物が手水舎です。 不動明王はその鋭い眼光と後背の炎をもっていかなる災いも払い退け、何事にも動じない安定した心身を保つ様を表した仏です。 この不動堂の前にはいくつかお地蔵さんがいまして、上の写真の香炉の奥にいるのが亡くなった幼子を弔う水子地蔵、右手前の線香台のある石仏がお願地蔵です。 この他にも・・・ 竹垣を背後にした弁財天の石像や昔の人のお墓である小さな五輪塔なんかも、ひっそりとありました。五輪塔というスタイルや石材の風化から中世の人だとは思いますが、このタイプでは墓石に名前を刻むという習慣がなかったので、誰のものかはわかりませんね。 そして手水舎です。 さすがに有名なお寺だけあって、立派なものです。かなり風変りなのが、手水鉢のデザインが蓮の花をモチーフにしていること。その中から蓮の葉が生えています。材質は青銅でしょうか?蓮は仏教とは切っても切れない関係にある花ですから、ならではと言えるでしょう。その花びらに梅鉢の家紋が入っているのは、このお寺の名前が梅照院だから。新井薬師オリジナルの手水鉢ですね。 お寺といえばコレですね。一般人からしたら除夜の鐘のイメージがありますが、元来は時の鐘を告げるものでした。新井薬師の梵鐘は結構小ぶりです。でもしっかりと鐘楼に守られています。基壇に何か碑文が埋め込まれていますが、風化していてよく読めません。 ちなみに左の大木はイチョウの木です。秋には真っ黄色に紅葉する姿を愛でることができます。 その奥には2基の石の多宝塔があります。黒御影石の銘板が埋め込まれていることから、誰かが奉納したものと思われます。この多宝塔は古代インドの墳墓であるストゥーパの頂上部分を変形した形で模したものです。国や地域によって仏塔のデザインは大きく異なりますが、この部分だけはあまり変化が見られないんですよね。 では反対側へ目を移します。こちらのメインとなる建物は霊堂です。 俳句が書かれているので句碑なのはわかりますが、崩し字なのでよく読めません。俳句ということから、江戸時代以降のものと思われます。それはそうと、左の細木がちょうど花を咲かせ始めているのが風流でいいですね。 石段を上がってみると、軒下に新井薬師と書かれた赤い小田原提灯が。この幅が均等な円筒形の縦に長い提灯のことを小田原提灯と言います。その名の通り神奈川県小田原市発祥のスタイルで、高円寺阿波踊りでもこの形の提灯を持った踊り子さんがいますね。 あと、提灯の横っ面にも白く梅鉢紋が染め抜かれていますね。こんだけ梅のアピールしているなら、学問成就のご利益もあってもおかしくはなさそうですが。 その右には札所の建物があり、そこで御朱印をはじめ各種開運護符の配布を執り行っています。しかも、ガラス張りショーケースに入ってサンプルも掲示しています。 実はショーケースの上のほうに、「めめ」と書かれた張り紙があります。ここの御本尊が薬師如来であることから病気平癒のご利益があるのですが、その中でも眼病に効くとの言い伝えがあり、このように眼病平癒のアピールをしています。この日もご高齢の女性が白内障の手術でもするのか、ご家族とともに眼病平癒の願掛けと御守を求めて来ていました。 柱が赤く塗られているので、かなり目立ちますね。この日は特段イベントがなかったので閉め切られており、静まり返っていました。 で、この大悲殿の軒下に、これまた最近作ったであろう開運モニュメントがあります。 名前を白龍権現というそうです。どう見ても白龍ではなく、青龍にしか見えないのですが・・・。2匹の龍が直立する宝剣に絡みついているデザインです。下の石の部分はつくばいになっていて、中に水が溜まっていました。聖水と言いたいところですが、何の断り書きもないし、柄杓もないので、この水でお清めしてもいいのかわかりません。かけ流しにはなっているので、キレイそうではありますが。 その対面には、これまた銅像が。 幼い子供の銅像です。髪型が飛鳥時代のスタイルになっています。このお姿といえば、厩戸皇子(うまやどのおうじ)。通称聖徳太子ですね。その子供の頃を想像したのがこの銅像です。非常に知恵があり勉強のできる御人だったので、学問成就のご利益があると思われます。 さらにその片隅にはたくさんの石碑や灯籠がまとめて陳列されています。 一心講と書かれたのなんかは、かつてあった町内の集まりの記念碑ですね。昔はこういう講と呼ばれる同好会みたいなグループがたくさんあって、流行っていました。 ついでに行きたい近くの寺社 注目の記事 さらに運気アップ!開運LINEコンテンツ 上に戻る |
