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陽運寺 [戻る]【住所】 東京都新宿区左門町18番地 【宗派】 日蓮宗 【本尊】 鬼子母神、弁財天、大黒天 【創建】 昭和の初め(本堂は宝暦七年(1757年)築の薬師堂を移築) 【開山】 蓮牙院日建上人 【最寄駅】東京メトロ丸ノ内線 四谷三丁目駅 JR中央総武線 信濃町駅 【HP】 https://oiwainari.or.jp/ 【概要】 江戸時代、文政八年七月、歌舞伎作者 四世鶴屋南北作「東海道四谷怪談」が世に広まり、お岩様が庶民の畏敬を集めました。この地にあったお岩様の霊堂が戦災にあったため栃木県沼和田から薬師堂を移築再建し当寺が開山されました。 境内にある秦山木の下にお岩様縁の祠があったと伝えられ陽運寺の起源とされています。薬師堂の棟札には宝暦七年と記されており、二五〇年以上の歴史ある建物です。当堂内にはお岩様の立像が奉祀され、厄除け、ご縁事、芸能事に霊験があると多くの参拝者の信仰を集めています。境内にはお岩様由縁の井戸、再建記念碑等があります。 HPより この赤い山門には提灯が飾られ、そこにも於岩稲荷と書かれています。よくよく考えると、お寺なのに稲荷とは奇妙ですね。まるで豊川稲荷のようです(豊川稲荷の本名は、曹洞宗の豊川閣妙厳寺)。 そして、こちらが本堂です。 於岩稲荷の別称のせいか、お寺なのに狛犬があります。まあ、京都の清水寺にも狛犬がいるので例がないわけではないですが、この点も珍しいですね。 そしてこの本堂は、戦災で焼失したものに代わり、はるばる遠く栃木県にあった薬師堂を移築したものだそうです。現在はこの中に、鬼子母神、弁財天、大黒天の仏像を安置しているとのこと。 境内は結構手狭なのですが、意外にもこまごまとしたものが多くあります。例えば境内社。 名前は福禄寿稲荷神だそうで、七福神なのか倉稲魂命(うかのみたまのみこと)なのかよくわからない神様です。 この左奥のガラスの引き戸の中に、カフェがあります。これまたお寺なのにカフェ?と思いますが、盆栽がたくさん飾られていて、和風の趣のあるオシャレなスペースになっています。 その他には、石碑がやたらとありますね。 於岩稲荷にまつわるものを中心に、大小さまざまあります。心願成就の石碑や百度石なんかも見えますね。ということは、誰か百回も参拝した人がいるということですね。かなり熱心なファンがいたようです。 知足の蹲(ちそくのつくばい)です。京都の石庭で有名な龍安寺にあるものが元祖で、そのレプリカの一つです。元々お釈迦様の「足るを知る」という言葉で、これを聞いた中国の孔子が「吾唯足るを知る」と言い替えたものを、水戸藩主水戸光圀が古銭に見立てた蹲に文字を彫って龍安寺へ奉納しました。これが評判となって、レプリカが出回るようになりました。我が家にも一つ欲しい・・・。 そうかと思ったら、七輪で焼かれたサンマ? 背中の苔を針に見立てているのでしょう。親子で歩いているところのようです。 では、授与品のご紹介です。今回は御守もセットでご紹介します。 まずは御守から。陽運寺を代表する御守である、縁切成就守です。そもそも四谷怪談は怨恨がらみの話で、恨みを募らせた於岩さんが人を呪ってうんぬんかんぬんというストーリーであることから、腐れ縁を断ち切るべく縁切りのご利益が生まれました。 一般的な錦の袋に入ったものではなく、折り紙と札を金の帯で封をしたタイプです。呪文のような字と朱印で霊力を与えたものです。 そして御朱印です。陽運寺の御朱印は、書き置きのみです。というか、ほぼ印刷です。その代わり、ちょっと個性の強いデザインとなっています。 このように、草葉の絵が入った台紙に崩し字で於岩稲荷と書き込まれています。しかも外国人観光客を意識してか、アルファベットでTokyo Yotsuya youunjiと書かれています。まあ、今時の御朱印ですね。 ついでに行きたい近くの寺社 注目の記事 さらに運気アップ!開運LINEコンテンツ 上に戻る |
