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西本願寺 [戻る]【指定】 国宝 重要文化財 国の史跡 世界遺産 【住所】 京都府京都市下京区堀川通花屋町下ル本願寺門前町60 【宗派】 浄土真宗本願寺派 【本尊】 阿弥陀如来 【創建】 大谷本願寺 - 元亨元年(1321年) 西本願寺 - 天正19年(1591年) 【開山】 大谷本願寺 - 覚如(本願寺第3世) 西本願寺 - 顕如(本願寺第11世) 【最寄駅】東海道新幹線・JR在来線・近鉄京都線・京都市営地下鉄烏丸線 京都駅 JR嵯峨野線(山陰本線) 梅小路京都西駅 【HP】 https://www.hongwanji.kyoto/ 【概要】 西本願寺(にしほんがんじ)は、京都市下京区本願寺門前町にある浄土真宗本願寺派の本山の寺院。山号は龍谷山(りゅうこくざん)。本尊は阿弥陀如来。正式名称は龍谷山本願寺、宗教法人としての名称は本願寺である。本願寺住職は浄土真宗本願寺派門主を兼務する。真宗大谷派の本山である東本願寺(正式名称「真宗本廟」)と区別するため、両派の本山は通称で呼ばれることが多い。京都市民からはお西さんの愛称でも親しまれている。 文永7年(1272年)、親鸞の廟堂として京都東山の吉水の地に創建された。その後、比叡山延暦寺から迫害を受けるなど場所は転々とし、現在地には天正19年(1591年)、豊臣秀吉の寄進により大坂天満から移転した。 2023年より銀杏と御影堂、阿弥陀堂の2つのお堂をモチーフにしたブランドロゴとともに、「人はひとり。だからこそ、ご縁を見つめたい。」をタグラインとして定めている。 Wikipediaより 顕如といえば証如の子で別名本願寺光佐とも言い、一向一揆を指揮し天下人織田信長と激しい戦いを繰り広げたことで知られていますね。特に大坂の石山本願寺の戦いは有名で、信長の凄惨な攻撃に対して徹底抗戦しました。その石山本願寺跡地には、その後豊臣秀吉によって大坂城が建てられました。 現在地に西本願寺が建てられたのは子の准如の代になってからのようで、准如は築地本願寺の創建も指示したとのこと。この頃、本願寺は兄弟で分裂していて、兄の教如は東本願寺を建てています。 大きいは大きいですが、全体的に落ち着いた雰囲気の門です。かつてはここが一般人用の出入り口でした。そして、この奥にあるのが御影堂です。 やはり彫金が施されていて、こちらも豪華な造りです。まあ、目抜き通りに面しているので、これくらい凝った造りにしないと格好がつかないのもあるでしょう。 では、境内に入ります。京都駅に近い中心街にあるにもかかわらず、中はかなり広大です。だだっ広い広場が一面に広がっています。 こちらは北側です。広場の中にポツンと銀杏の樹が立っています。その奥の際に沿って、いくつかお堂や庁舎が建てられています。 真ん中手前のお堂が経蔵、その奥の建物が聞法総合施設、その右奥の木立の隙間から見えるのが鼓楼です。鼓楼は堀川通から見たほうが全体がわかりやすいです。 銀杏の樹に隠れた経蔵はこんな感じです。 上から見ると正方形の宝形造と火灯窓が特徴的なお堂です。屋根が二層になっているのも特徴です。てっぺんにはタマネギ型の擬宝珠(ぎぼし・ぎぼうし)が載っています。 浄土真宗の開祖親鸞聖人の他、歴代の宗主の御影を安置しています。 で、西本願寺で最も貴重な建物といえば、「飛雲閣」です。 飛雲閣は、豊臣秀吉が京都滞在時の居所として市街地に建てたお城「聚楽第」から移築されたと言われる建物です。城内の草庵として建てられたもので、鹿苑寺金閣、慈照寺銀閣と並び、京都三名閣に数えられる名建築です。 一般に想像される秀吉の派手好みとは裏腹に、当時流行していた茶の湯の世界観を彷彿とさせる渋いたたずまいが特徴です。千鳥破風と唐破風を複雑に組み合わせた杮葺き(こけらぶき)の屋根が印象的です。 が、期間限定特別公開の日でないと間近で見れないとのことで、頭だけなら広場の中央から塀越しに見れますよとのことで案内されました。いや~、そうか~。 ちなみに、浄土真宗のお寺なので、御朱印の配布も行っていないとのことでした。これまた残念。 ついでに行きたい近くの寺社 注目の記事 さらに運気アップ!開運LINEコンテンツ |
