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広隆寺 [戻る]【住所】 京都府京都市右京区太秦蜂岡町32 【宗派】 真言宗系単立 【本尊】 聖徳太子(上宮王院本尊) 【創建】 推古天皇11年(603年)または推古天皇30年(622年) 【開基】 秦河勝 【最寄駅】嵐電 太秦広隆寺駅 【HP】 なし 【概要】 広隆寺 (こうりゅうじ)は、京都市右京区太秦蜂岡町にある真言宗系単立の寺院。山号は蜂岡山。本尊は聖徳太子。蜂岡寺(はちおかでら)、秦公寺(はたのきみでら)、太秦寺などの別称があり、地名を冠して太秦広隆寺とも呼ばれる。渡来人系の氏族である秦氏の氏寺であり、平安京遷都以前から存在した京都府下最古の寺院である。国宝の弥勒菩薩半跏像を蔵することで知られ、聖徳太子信仰の寺でもある。毎年10月12日に行われる牛祭は京都三大奇祭として知られるが、現在は不定期開催となっている。 ウィキペディアより 太秦といえば、東映京都撮影所やそこに付属している東映太秦映画村が有名ですが(松竹の撮影所もあるね)、そこには寄らず広隆寺を参拝します。この広隆寺は鉄オタの間では超人気の撮影スポットです。というのも、お寺の山門の前を路面電車が行き来する全国的に見ても珍しいロケーションだからです。 というわけで、嵐電と広隆寺のコラボ写真を撮りたかったのですが・・・ 撮れませんでした。 老いた両親と共に電車ために待ち続けるわけにはいきませんでした。仕方ないですね。そのうち、一人で来て撮影するしかないですね。その時には、京都鉄道博物館にも行こう! なので、今回は普通に山門だけ撮影しました。 これが広隆寺の山門にあたる、仁王門です。2体の仁王像を納めなくてはならないので、そこそこ大きく楼門になっています。かなり格好がいいので、これで嵐電の鉄道車両があったら最高ですね。 そんな仁王門をくぐって中へ入ると、境内は玉砂利が一面に敷かれただだっ広い広場になっていました。その左手にまず見えたのが、薬師堂です。 その名の通り薬師如来像を納めたお堂で、薬の字がつくことからもわかる通り、病気平癒、疫病退散、健康長寿のご利益があるとされる仏様です。旅行をするとかなり歩いて足を酷使するので、疲れがあまり溜まらないように深くお祈りしました。南無・・・。 正面に見えるのが講堂です。現代の講堂と本来の用途は一緒で、僧侶から説法を聞いたり、高僧から講義を受けたりするためのホールのような建物です。 関西には今でも多くのお寺で講堂が残っていますが、当時と同じ用途で使われているところはさすがにあまりない気がします。とはいえお寺の中では結構中核をなす建物ではあるので、そこそこ大きくて立派なものが多く、文化財として貴重な存在ではあります。 こちらが手水舎です。 手水舎も立派ですが、おかしなのは手水が二層式になっている点です。まず見ない構造で、恐らく右のほうから井戸水をくみ上げて左に流しているのかと思いますが、ちょっと変わっていますね。 ご当地にしかないであろうお堂です。創建者である秦河勝という人をお祭りしているそうですが、その後養蚕や織物の神様も合祀したそうで、繊維殖産業の神様として崇められています。 そしてこちらが本堂にあたる上宮王院太子殿です。 こうして見ても結構広いのがわかります。その割に参拝者が少なかったので、かなり静かでした。この太子殿を左に行った奥に授与所があります。 でもこの景色を見たら、まさかこのすぐ背後に映画村があるとは思えないですよね。こんな静かなお寺の裏で、遠山の金さん、忠臣蔵、桃太郎侍、暴れん坊将軍、銭形平次、科捜研の女、大奥なんかを撮ってて、有名俳優さんたちが演技してるんですよ。 では、御朱印です。御本尊の釈迦如来ではなく、なぜか弥勒菩薩の名が入っています。 なんか、かわいい字ですね。ぽちゃぽちゃっとして、素朴な筆跡です。一番上の判は「秦公寺印」と書いてあります。創建者の名から取ってます。 ついでに行きたい近くの寺社 注目の記事 さらに運気アップ!開運LINEコンテンツ |
