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明月院 [戻る]アジサイと丸窓が名物の明月院 【住所】 神奈川県鎌倉市山ノ内189 【宗派】 臨済宗建長寺派 【本尊】 聖観音 【札所】 鎌倉観音霊場第三十番 【創建】 明月庵: 永暦元年(1160年) 禅興寺: 文永五年(1268年)頃 【開山】 密室守厳 【開基】 上杉憲方 【最寄駅】JR横須賀線 北鎌倉駅 【HP】 https://www.trip-kamakura.com/facility/detail.php?id=70 (鎌倉観光公式ガイド / 公益社団法人 鎌倉市観光協会) 【概要】 明月院(めいげついん)は、神奈川県鎌倉市山ノ内にある臨済宗建長寺派の寺院。正式には福源山明月院(ふくげんざめいげついん)と号する。紫陽花の名所として知られ、青いアジサイが咲くあじさい寺としても知られている。平安時代後期、山内俊通の供養のために創建された明月庵が始まり。本尊は聖観音、開基(創立者)は上杉憲方、開山(初代住職)は密室守厳(みっしつしゅごん)である。伝・北条時頼の墓所が境内にある。 山内上杉氏の祖、関東管領・上杉憲方は密室守厳を開山として、明月院を開創した。憲方の没年は応永元年(1394年)で、それ以前の開創である。 なお、寺伝では、平治の乱で没した山内首藤俊通(やまうちすどうとしみち)の菩提のため、永暦元年(1160年)、その子の経俊が「明月庵」を建立したのが草創とされ、憲方は中興者とされているが、実際の開基は憲方とみるのが通説である。 明月院は、禅興寺という寺の塔頭であったが、本体の禅興寺は明治初年頃に廃絶し、明月院のみが残っている。 禅興寺の起源は鎌倉幕府5代執権・北条時頼にまで遡る。時頼は別邸に持仏堂を造営し、最明寺と名付けたが、時頼の死後は廃絶していた。時頼の息子の北条時宗は蘭渓道隆を開山としてこれを再興し、禅興寺と改名した。 現在は、「紫陽花寺」として有名で、花のシーズンにはたいへんな混雑をみせる。この寺で紫陽花を植えたのはさほど古い事ではなく、第二次世界大戦後に、物資や人手が不足して参道を整備する杭が足らず、杭の代わりに「手入れが比較的楽だから」という理由で、紫陽花を植えたものが次第に有名になったという。紫陽花の他にも1年中花が絶えず、紅葉でも知られる。他に冬は蝋梅、春は梅と桜が咲く。 こうした美しい花を堪能できる他、枯山水庭園や丸窓、明月院やぐらも楽しめる。特に本堂(紫陽殿)に設けられた「悟りの窓」と呼ばれる方丈内の円窓から見る景色は鎌倉を代表する絶景で、四季の美しさを丸い額に入った絵画のように切り取って鑑賞することができる。 Wikipediaより 川沿いに登る道まで来ました。この道はその名も「明月院通り」。川と道路の隙間に明月院への参道を示す石碑が建っています。背後には掲示板もあって、周辺地域のスポットを紹介しています。 心地よい川のせせらぎを聞きながら、この谷町を散歩します。この通り沿いにはオシャレな喫茶店やレストラン、ギャラリーが何軒かあって、風情とともに堪能できます。 川沿いにしばらく歩いてくると、突き当りに見えてきました。こちらが明月院です。さすがにアジサイの開花シーズン中なので、人が多いです。最近は世界的に知られるようになったらしく、外国人観光客の姿も多く見かけます。 門柱を通って中へ入ると、左側に看板やら石碑やらがたくさんあります。 中央の看板は、境内の案内図です。すでにアジサイが目の前に見えているここは前庭で、方丈の建物群を境にして後ろ側にも本堂裏庭園があるようです。 さらに左には深谷上杉氏ゆかりの寺と書かれた石碑があります。深谷上杉氏は山内上杉氏の支流で、室町幕府より奥州探題に任ぜられた家です。ちなみに、ここの住所は鎌倉市山ノ内で、山内上杉氏の山内はここから来ています。ついでに上杉氏はこの他に、扇谷上杉氏(おうぎがやつうえすぎ)と、上杉謙信で有名な越後上杉氏(山内系)があります。 そして、この反対側を見ると・・・ まだ序の口ですが、いきなりアジサイの群生が!ものすごい数の青い花が、一気に咲き乱れています。ここのアジサイは空色に近い青で、さわやかさを感じます。 で、パッと見そうは見えないですが、この左右の窓の奥に職員がいまして、拝観券の券売所になっています。ちゃんとカウンターがあって、窓口を作ってあります。するってぇと、この門は現代になって建てたものなのか? 総門でお金を払って、いよいよ中へ入ります。 緑あふれる境内の中に、アジサイの花が無数にあります。どこもかしこも青いアジサイだらけ。ここのアジサイはやや淡い青色が特徴で、これを通称明月院ブルーと呼んでいるそうです。なんか梅雨の時期にピッタリな爽やかな色合いです。 奥に見える木造の架け橋は、桂橋です。あの高台から見る景色も気になりますね。ぜひ後で登ってみたいと思います。 アジサイに隠れて、もうひとつ階段がありました。この周辺のアジサイも、両サイド真っ青でスゴイですね。びっしりと隙間なく植わっています。 手前には石碑があります。これは道しるべです。表側には最明寺旧蹟と書かれています。最明寺とは明月院の本坊(本体のお寺)で、明治時代に廃絶となり現在は残っておらず、塔頭の明月院だけが残っています。 こちら側には、左に福源山明月院、時頼公安居の地、上杉氏祖先の菩提とあります。右は上杉管領屋敷、右方線路の東北にある畑地~とあります。扇谷上杉氏と並んで山内上杉氏は室町幕府の関東管領職を歴任した一族で、この近辺に屋敷があったようです。戦国期になってこの山内上杉氏の名跡と関東管領職を譲り受けたのが、上杉謙信こと長尾景虎です。そしてこれを妬ましく思っていたのが武田信玄という逸話があります。 明月院はあじさい寺として知られていますが、他の花も咲いていました。 お手洗いの前が花壇になっていて、そこには様々な花が植えられています。 こんな感じで、草むらに隠れるように立っています。そういえば、以前来た時には北欧風の赤いウサギ小屋があった気がしたのですが、さすがに撤去したか?この像もなんか西洋童話風のデザインで、日本庭園とは真逆の存在のような・・・。 北側の一画には、こんな苔の庭もあります。 ちょっとした苔寺のような、趣ある日本庭園があります。この一画にはアジサイは全くないのですが、こういった京都の古寺のような渋い苔むした落ち着きのある庭園もあります。アジサイ一辺倒では面白くないですからね。こういう異なるコンセプトを持った禅寺らしい庭園もあると、また違った風情を楽しめます。 そしてその石畳の先に瀟洒な門が見えます。近づくと・・・ このような喫茶店があります。ウッドテラス席や赤い敷物のある野外席もあり、これまがた日本情緒がある素敵なお店です。こちらも苔の庭になっていて、和の落ち着きある庭園が広がっています。 北条時頼は鎌倉幕府第5代執権で、北条惣家である得宗家(とくそうけ)の出です。元寇に対処した北条時宗の父で、寺号から最明寺殿、最明寺入道と呼ばれていたそうです。 そんな時頼公廟所は杉やイチョウなどの樹木に囲まれた、緑豊かな環境にあります。石垣は苔むしていて、時代の経過を見て取れます。かつての権力者も、今や景色の一部になっています。 その隣には大きな石碑があります。何と書いてあるのかわかりません。時頼関連のものが集まっている一角なので、辞世の句が書かれているのか?それとも、何か漢詩を詠んだものか? 左には梅の木がありますね。もう初夏なので、葉っぱだけになっています。背後の塀際にもアジサイの木があります。少し咲いていますが、木が若いのかここだけあまり花をつけてないです。 そんな梅の木の先には、 時頼公の墓所があります。宝篋印塔のような古風な様式の墓石です。ちゃんと石で作った囲いがされていて、丁重に扱われています。手前にはお線香をお供えする香炉らしきものもあり、両脇には松の枝を生けてあります。 ちなみに、この墓所についての説明書きがそばにあります。 どうも禅僧として有名な蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)を迎え、建長寺を建てさせたのも、時頼のようですね。鎌倉で禅宗が盛んになる発端の地が建長寺なので、そのきっかけを作った最重要人物です。 眼下に小川が流れていて、その両岸に列をなしてアジサイが植えられています。こちらも一斉に咲いていて、青い花が数えきれないです。 奥に石造の太鼓橋が見えます。これは玉澗橋(たまたにばし?ぎょっけんばし?)と言います。大事な谷川に架かる橋という意味のようです。 左奥に見える門は、先ほど通った総門です。 明月院の庭には、所々こういう立て札があります。お寺の方がイラスト付きで手書きの説明を書いてくれています。この立て札にはここには生えていない花菖蒲のイラストが描かれていますが、実はこれが後々関係してきます。 明月院といえば青いアジサイが有名ですが、たまに変わり種もあります。 これはベースが白で縁だけ赤くなっています。これは品種改良で生まれたものです。通常アジサイは土壌の酸性度(ph)とアルミニウム含有量によって色が変化します。酸性度が高いと土壌に含まれるアルミニウムが溶けて、アジサイが吸い上げやすくなります。このアルミニウムと体内の有機酸が反応して青い色素を作ります。反対にアルカリ性だと赤やピンクになり、中性だと紫色になります。 が、改良で酸性度に関わらず色を一定にした品種も存在します。 坂道をえっちらおっちら登ってきましたが、まだまだアジサイが群れていますね。株によっては、葉っぱが隠れてしまうほど花をつけているものもあります。 木々に囲まれた中にポツンと建っています。中に仏像が一体安置されていて、行き交う人々を見守っています。この辺りにはアジサイはなく、代わりにクマザサが一面に生い茂っています。 ちなみに、今自分が立っている場所の背後はこんな感じになっています。 緑に覆われた大きな岩が、ひとつ転がっています。草や苔が生えていて自然と一体化しています。そんな岩の上にへばりつくようにモミジの大木が生えています。岩の中まで根を生やせないのか、表面を伝うように地表まで伸びていて、生きる執念を感じます。生命力と必死さが見えますね。これモミジだけに、紅葉したらまた景色が一変しそうです。 この背後には崖が続いているのですが、こんなものがいくつかあります。 あなぐらですが、やぐらと言います。鎌倉は山がちで平地が少ないため、墓地を作るのに難儀する土地でした。幕府が置かれたために人口が増え、数少ない平地はみな屋敷地に転用されたからです。そこで考え出されたのがやぐらで、崖に穴を掘ってその中にお墓を建てました。なので山沿いにあるお寺には、こういったやぐらが今でも数多く見られます。 まずひとつ特徴的なのが、この開山堂にあたる宗猷堂(そうゆうどう)です。こちらも禅寺らしく、火灯窓が設えられています。 そして何より、茅葺屋根が印象的です。鎌倉のお寺では、結構な頻度で茅葺屋根を目にします。茅葺というと農村の古民家をイメージしてしまいがちですが、古都鎌倉と言われるようにここは古刹が多く残っているせいか、伝統的にこういう昔ながらの茅葺のお堂が現存しています。 なかなか渋いデザインあるがゆえに、野趣あふれる周囲の景色にマッチしています。 山内首藤俊通は平安末期の武将で、源義家・義朝に従ったとのこと。当時は平清盛が権勢をふるっていた時代で、源義朝が平家と対立したことで山内首藤俊通も敵対し、京都四条河原で討たれたそうです。 その隣には、井戸があります。 昔ながらのつるべ落としになっています。この井戸は鎌倉十井(かまくらじっせい)のひとつで、瓶の井(かめのい)と呼ばれています。 鎌倉は地形や海に面していることが関係して水の便が悪く、井戸を掘っても飲み水に適さないことが多かったようです。たぶん泥や塩分が混ざってしまうんでしょうね。そんな中で運よくキレイな水が得られたのが、鎌倉十井なのだそうです。 鉄扉は閉め切られ、非公開になっています。中に何があるのやら・・・? 石が白いのでかなり新しく、どうやら最近作ったもののようです。これがもっと古びて苔なんかが生えてくると、すごく渋くなって侘び寂びが出てくるでしょうね。 さらにこの奥には、これまでと全く異なるお庭がありました。 枯山水庭園です。アジサイの庭から180度真逆の、「無」の世界観です。「無」というより、「空」かもしれませんが。水が全くなく、中央には草木すらもない。般若心経にある「五感で感じるすべてのものには実体がない。それはすなわち空である。」というのを、具現化したかのようなお庭が枯山水であると私は解釈しました。 そうかと思えば、こんなものも。 寺務所の前には、木陰に隠れてカワイイお地蔵様が。最近このタイプのお地蔵様が増えてきています。シリーズ化しているのかな?東京の経王寺にもたくさんいるし、愛らしいスマイルのお顔と子供っぽい体つきがキュートです。 岩場には、鉢植えやら盆栽やらもあります。苔と一緒に寄せ植えになっているものや、水草を植えたものもあります。それをカメさん🐢が狙っているという構図。カメさんは何をしたいのでしょう? この方丈の広間の奥に、御本尊の聖観音が安置されています。手前には浄財箱があります。邪念や誘惑を断ち切るべく、喜捨します。 左奥にもうひとつ開いている窓があります。こちらは御朱印の授与所です。手書きとハンコの2種類あります。ハンコのほうが割安です。 反対の右隣の部屋には・・・ 名物の円窓です。インスタ映えするとかで、この写真を撮ろうと行列ができていました。風変わりな円窓から奥の庭園の景色が見える様が、まるでカメラの絞りのようで面白い構図です。ちなみに、この円窓は仏教、特に禅宗において非常に重要視されています。円=完全な姿とされており、悟りを開いた状態を意味しているからです。 円窓から漏れる光がスポットライトのように畳を照らしています。室内の照明をあえて抑えていることで窓の内と外で明暗をハッキリさせ、より窓の外の景色へ目が向くように演出しています。これに加えて、手前の篭に青いアジサイの花が盛りつけられ、単調で少ない色味にワンポイント華やかさを加えて、アクセントをつけています。 ちなみに、裏から円窓を見るとこんな感じ。 建具とか見えちゃって、一気に生活感が・・・。まるで舞台セットの裏側をのぞいているような気分。まあ、裏なんてこんなもんですよね。写真撮影しているお客さんとこんにちわになってしまうこともあって、かなり気まずい・・・😅 というわけで早速入ってきたのですが、建物に沿って飛び石が続いています。裏からも方丈内へ回れるようになっているのですが、足元に門扉があって立入禁止⛔になっています。職員や庭師さんはそこからの景色を見ているでしょうから、役得ですね。 仕方がないので先へ進みます。すると、池が現れました。 いかにも日本庭園の池です。こういうタイプの庭を、池泉式と言います。池を中心に、流れ込む小川をつくり、真中には中島を設け、岩を配置して自然に近い起伏のある変化にとんだ風景を作ります。それは事前にあるものを用いたジオラマのようでもあります。 ところでこの池ですが、実は改修中だそうです。というのも、昔に描いたここの絵図が残っていて、当時の姿に戻すプロジェクトが進行中なのだそう。前方に見えるデッキは、恐らくその作業台。往時の姿に戻ったらまた話題が増えて、さらに人気に火が付きそうですね。 そんな池を後にすると、 白砂が一面広がるエリアに来ました。まるで京都慈照寺銀閣の銀沙灘(ぎんしゃだん)や向月台(こうげつだい)のような砂盛もあります。明月院も慈照寺も門派こそ違えど同じ臨済宗なので、全く無関係ではないでしょうね。 そんな銀沙灘の上には、何やら石ころのようなものが。 子亀ちゃんです。石像ですが、かわいい。ポツンと一匹います。さっきの池に大人の亀の石像が何体かいたけど、はぐれちゃったのかな? 先ほど見た瓶の井と水脈は一緒だと思います。実はこの草むらの先の高台に一般人用の墓地が少しあり、それ用に昔使っていたのかもしれません。というか、こんな観光地化されたお寺にもお檀家さんいるんだ~。 そんな墓地の先には・・・ 怪しい赤い鳥居が木々の隙間から見えます。あの鳥居は明らかに稲荷神社。しかし、墓地を経由しないと行けないようで、その墓地がこれまた一般人立入禁止⛔区域なもので、近寄って見れない😓どうやら崖に掘った穴倉の中にあるような感じで、面白そうなスポットなのに残念。 仕方がないので、次へ行くと・・・ あまり見かけない構造物が。周囲だけ石垣を組んで、天井はモルタルでふさいでいます。真ん中だけ穴が開いていて出し入れできるようになっています。看板を見ると、昔使っていた炭焼き窯だそうです。お寺で炭焼きをやるってあまり聞かないですが、明月院では自前でやっていたんですかね?山林はあるので材料の木材はとれるのでしょうが・・・。まあ、炭作りも火を使って暑いし、結構体力仕事でキツイから、いい修行になりそうではあります。 この炭焼き窯から振り返ると、 本堂裏庭園一番の見どころ、菖蒲田です。ここはアジサイよりも菖蒲のほうが数が多く、また違った風景を楽しめます。周囲の谷から湧き出る天然水を利用した菖蒲田で、約10品種ほどの菖蒲を楽しむことができます。 ただ、今年(2026年)は病気や害虫被害などがあってかなり植え替えしたらしく、開花シーズン中にもかかわらず花はまばらでした。 一般的に菖蒲といえば、紫や青色の花というイメージを持っていましたが、ここには白い花もありました。菖蒲の紫と白に、アジサイの青で、トリコロールになっています。 余談ですが、この時モデルさんを使った写真撮影をやっているクルーもいましたね。どこかの雑誌やサイトにでも掲載するのでしょうか? 今度は逆にアジサイなめの菖蒲です。こちらの構図のほうが菖蒲が列をなしているため、奥行きを感じますね。菖蒲の花が少なめなのが寂しいですが、来年満開になることを願います。 しばらく周りを巡っていると、何やら上へ登っていく山道が脇へ伸びています。杉林とツツジの灌木の間を縫うように石段が続いています。 そんな山道のそばには、沢があります。チョロチョロと水が流れており、足元の小川に合流しています。どうやら山の上のほうから水が湧いているらしく、そこからここまで流れてきているようです。その水が所々小さな滝を作り、そこで跳ねたしぶきが岩にあたって、その湿り気から苔が岩に生えています。 一応山道を上まで登ってみましたが、すぐ行き止まりになっていて、源流まで見えませんでした。でも、こういう鎌倉の昔から続く自然がいまだに残っているのは、とても貴重です。 お地蔵様を挟んで、左右にウサギの像がいます(地蔵の左、岩陰に1匹頭だけ見えています)。地蔵だけにこのウサギは、水子を表しているのか。お地蔵様の足元にはアジサイが供えられていて、この時期限定の風情を楽しめます。 遠くには先ほど見た砂盛もありますね。 こちらは坐像です。やはり、アジサイが生けてあります。石仏の足元には、恐らく女児用の下駄が。このお地蔵様が履いてきた設定でしょうかね?数珠も手にして拝んでいる最中のようですが、少しこちらに首が向いていて、何か私に言わんとしているようにも見えます。 そしてこんな面白いものも。円く穴の開いた石です。これも円窓を意識したオブジェでしょう。で、もしかしてと思ってこの穴をのぞいてみたら・・・ 向月台の砂盛がちょうど真ん中に見えます。これわざわざこの向きになるよう設置しています。観光客の皆さんは完全にスルーしていましたが、これはかなり意味深な気がします。 竹筒に差された花々に、立て看板があります。そこには平家物語の冒頭が。「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理を表す」の有名な一節です。どうやらここに見える白い花が、その沙羅双樹だそうです。後ろにある生け垣からとって生けたようで、こんなところで巡り合うとは思ってもみませんでした。 そしてその先に人だかりが。何かと思ってのぞくと・・・ あら、生きたウサギちゃんがいます。ウサギ共和国という一角だそうで、ウサギ小屋が設置されています。正に明月院のマスコットですね。まあ、最初に見た置物だけでは格好がつかないですからね。 ちなみにウサギは1匹だと寂しくて死んじゃうと言われますが、とんだ間違いです。ウサギは群れをつくるのが嫌いで、単独行動を好むので、1匹でいるほうがストレスがなくて元気になります。多頭飼いしてしまうとお互いストレスが溜まって、ケンカします。だから、一度にたくさん飼っていい動物ではないんですね。 こんな感じで竹林とアジサイのコラボもできます。低木のアジサイと真っ直ぐ天に向かって高く伸びる竹の植生の違いがハッキリあり、これがコントラストになってお互いを引き立て合っているのが絵になります。日本画にしたら良さそうなモチーフです。 別の角度からも。こちらはモミジとのコラボ。モミジは横に向かって枝を伸ばす習性があるので、これも竹との対比がハッキリします。モミジが紅葉したら赤と緑の色の対比も出て、より日本画の世界につながると思います。 小道の中に入って上を見ると、増々先ほどまでのアジサイの景色とは打って変わります。 天に向かって真っ直ぐ伸びる竹。特に春から初夏にかけて成長が早く、若竹の新緑が鮮やかです。時折見える木漏れ日と、竹林の隙間を通り抜ける山風が爽やかで気持ちいい。ここで赤いじゅうたんを敷いて野点(のだて:野外で行う茶の湯のこと)をしたら、さぞかし風流でしょうね。 そんな竹林の中にはこんなものがありました。 瓦です。鬼瓦の他、山号が書かれたもの、天女の形をしたものなど、変わり種が並んでいます。こういうのは特注品なんでしょうね。その点で貴重です。 ついでに行きたい近くの寺社 注目の記事 さらに運気アップ!開運LINEコンテンツ |
