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大善寺
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【指定】 国宝

【住所】 山梨県甲州市勝沼町勝沼3559

【宗派】 真言宗智山派

【本尊】 薬師如来

【創建】 伝・養老2年(718年)

【開山】 伝・行基

【最寄駅】JR中央本線 勝沼ぶどう郷駅

【HP】  https://daizenji.org/

【概要】
当寺の開創は養老二年(718)。行基菩薩が日川渓谷の岩上で、霊夢により感得された像 ~ 手に葡萄を持った薬師如来と日光・月光菩薩の薬師三尊 ~ を刻み安置して開かれたと伝えられます。

奈良時代、聖武天皇の御代には鎮護国家の勅額(ちょくがく)と寺山号を賜り、五十二堂三千坊の隆盛をみました。

往持の堂宇は平安初期に焼失しましたが、天禄二年(971)に三枝守国が再建して以来、平清盛、源頼朝の寺領寄進や堂塔修復、北条貞時による薬師堂再建立、仏師・蓮慶作の日光・月光菩薩や十二神将の制作、武田信春の厨子寄進等々。時の為政者と大衆の深い信奉のもとに歴史を重ねております。

現在の薬師堂は、昭和二十九年(1954)の根本的な大解体修理で昔のありさまに復され、その翌年、厨子と共に国宝となりました。

HPより


 今回は山梨県唯一の国宝の寺院、大善寺へ向かいます。日本有数のブドウとワインの産地として有名な勝沼の丘陵地にあります。


 勝沼ぶどう郷駅を出てしばらく歩くと、一面ぶどう園が広がります。その先に広がる平地は甲府盆地です。この景色からここが甲府盆地の縁にあるのがわかりますね。

 ちなみに、太宰治がこの辺りから見る甲府の夜景を、「シルクハットを逆さまにして、その底に宝石を散りばめたよう」と言って評したほど、綺麗な景色を見ることができます。


 こんな感じでブドウの花が咲き、実をつけようとしています。これが大きくなって、秋には勝沼名物の美味しい甲州ぶどうになります。

 そんなぶどう園の中をえっちらおっちら歩いていくと、五街道の一つ甲州街道(国道20号)へぶつかります。


 さすがに主要な街道だけあって、地方とは言えども割と交通量は多いですね。江戸時代にはこの道を、諏訪高島藩や飯田藩、高遠藩が参勤交代にともなって大名行列を行ったんですよ。

 この甲州街道沿いの側道を歩いていくと、遠くに何やら大きな古めかしい建物が見えてきます。


 これがお目当ての大善寺です。

 やっと大善寺に到着です。最初に出迎えてくれるのは、見事な藤棚です。この日は丁度花が見頃で、紫やピンク色の房が棚一面を埋め尽くしていて見事でした。


 しかも、藤の花は枝垂れているので、風が吹くとそよぐのがまた風流です。ちなみに花が咲き終わると、硬い鞘ができて中に豆を蓄えます。

 そしてこちらが参道口です。


 石灯籠と石段があって、その先に楼門があるのがわかります。これが先ほど甲州街道沿いの脇道から遠巻きに見えた山門です。遠くからでも見えるので、結構な大きさがあります。

 石段を登って、もっと近づいてみます。


 このように一層部分は格子のついた小部屋になっており、それぞれ一体ずつ仁王像(正しくは金剛力士像)が納められています。

 さらに近づいてみると・・・


 やはりいらっしゃいました、仁王様が。筋骨隆々とした上半身を露わに、来るものを睨みつけています。邪気やよこしまな心を持った人が、聖域である境内に入らないように威嚇しています。悪鬼から仏道の世界を守る仁王様です。

 この山門をくぐると、今度は長い石段が現れました。


 あまりにも長くて、先が見えない。山地と甲府盆地の境目に建てられたお寺なので高低差があるのは承知してましたが、これはなかなかしんどい。地元甲州弁で言ったら、えらい。それも、えらくえらい。つくづく手すりがあって良かったなと。

 そんな長い石段を頑張って登り続けると、奇妙な建物が見えてきました。


 石段をまたぐように建てられた建物があります。わざわざ人が通る傾斜地に建てるというのがおかしな感じがしますが、遠目ではよくわからないのでもっと近づきます。

 足元を見ると懸造になっていますね。懸造といえば京都清水寺の本堂が有名ですが、それよりは規模が小さいものの下を人が通れるようしているのは珍しいです。


 東京池袋の護国寺不老門もここのと似たような造りですが、規模は大善寺のほうが大きそうです。ちなみにこの建物は楽屋堂と言うそうで、厳密には門ではないそう。

 石段を登り切って、上から見下ろしてみます。


 うお~っ!すごい高低差。これはきついわ。ここを和尚さんは毎日上り下りするってことですよね。すごい修行になりますね。相当足腰鍛えられそう。

 そしてこちらが楽屋堂の全景です。


 ぱっと見、中はがらんどうに見えます。踏み台があって中へ入れそうなので、どうなっているのか見てみます。眺めも気になるし。


 外側からではわからなかったですが、ちゃんと仏像が安置されていました。しかも、中心に鎮座する一体は金色になっています。お輪もあって、ちゃんと拝めるようになっています。

 外の景色も気になるので、窓からのぞいてみます。


 お~お、これは高い!

 上からだとより山裾の急峻さがよりわかりますね。よくこんなところにお寺を建てようと思ったものです。というか、だからこそいいのか?

 再び外へ出ます。


 ホームページにもグーグルマップにも説明書きや境内案内図もないのでよくわかりませんが、舞台のような建物もあります。これの付属物だから楽屋堂なのでしょう。


 ただ、お寺で神楽殿のような建物があるというのはちょっと見たことがないので、どんな時に使うのかは知りたいものです。

 そして、こちらが本堂にあたる薬師堂です。


 このお堂が山梨県唯一の国宝建築です。県内最古の建築物で、大仏様で建てられたお堂としては最東端にあたることからこの様式の伝播の過程を示す重要な証拠として、国宝に指定されました。山深いこの地によくこの文化と建築技術が伝わり、保存し続けたなと感心します。

 しかも、この辺りは意外と戦場になったことが度々あり、戦国時代の武田征伐で滝川一益率いる織田軍と武田勝頼を大将とする武田軍が一戦交えているし、戊辰戦争でも勝沼の戦いにおいてこの近くで薩長軍と幕府軍がやり合っていたので(新撰組組長近藤勇は深酒し過ぎて、この戦闘に遅刻して不参加)、よく燃えなかったなと。


 中庭を望むと、こんな感じの風景になっています。左の建物が本堂、右の建物が先ほどの舞台のような建物です。奥にもまだいくつか建物が見えるので、近づいてみてみます。

 まずは、右奥の建物から。


 こちらは鐘楼ですね。こんな離れたところにポツンとあります。その足元には手水舎がありますね。というか、参道脇になくてこんなところにあるから、全く気づきませんでした。せっかく柄杓まで用意されているのに、誰も使っている様子がないって、これ場所が良くないわ。

 その奥には行者堂があります。二層の屋根が特徴的なお堂で、修験道の開祖といわれる役行者(えんのぎょうじゃ)の像を祭っています。


 ちょっと離れたところに、説明書きのある立派な宝篋印塔(ほうきょういんとう)形式のお墓があります。これは理慶尼(りけいに)のお墓です。理慶尼は勝沼氏の娘で、武田信玄の従妹にあたります。さらには、武田信玄の四男でその後を継ぐことになる武田勝頼(諏訪四郎)の乳母を任されたとのこと。どうも若い内に剃髪してここ大善寺に隠棲していたようです。


 その後、織田信長による甲州征伐が開始されると武田勝頼は未完成だった新府城を捨て、配下の小山田信茂の居城岩殿城を目指して落ち延びます。その途中で大善寺に立ち寄り、勝頼、夫人、嫡男信勝は理慶尼とともに本堂で寝泊まりしたそうです。


 そして理慶尼は、そんな名門武田氏が滅んでいく様を記録に残し、高野山へ納めたそうです。なんか墓だけにはかない話ですね。

 そんな武田の歴史から一転、展望台からの景色をご覧いただきます。


 甲府盆地特有の景色が広がっています。山が左右に寄っていて中央に平地がある、正に甲斐国の語源とも言われる山峡(やまかい)の風景です。

 さらには俳句で有名な松尾芭蕉も勝沼にやって来たらしく、こんな句を残しています。


 「勝沼や馬をば葡萄(ぶどう)を食ひながら」

 勝沼でのブドウ栽培は割と古く、武田信玄も稲作に向かないこの地を何とかするために、ブドウ栽培を奨励する御触れを出していました。だから500年くらいの歴史があるようで、芭蕉が訪れた時にはすでに一大産地になっていたのでしょうね。割と近くには江戸という一大消費地もありますからね。それもあって、ここ大善寺は「ぶどう寺」の異名も持っています。

 続いてはこちら。


 開運地蔵です。大善寺の霊園の入り口に建っています。地蔵菩薩は死者、特に水子の魂を救う仏なので、ここに所在しています。

 その奥には、何やら赤い鳥居が列をなしています。


 この狭い小道を進むと小さな社がありました。赤色を多用していることから、稲荷社ではないかと思います。ブドウがよく実り、藤の花がよく咲くことを願ってのものでしょうか?


 では、御朱印です。ここでは2種類いただきまして、まずは御本尊の薬師如来のバージョンから。筆書きの部分に関しては、国宝とぶどう寺の書き込みがあることが特徴です。まあ、この二つは大善寺の売りでもあるので、書いてくれたほうが嬉しいですね。

 ちなみに、境内の売店では和尚さん自作のワインも売っているそうです。さすが、ぶどう寺。大善寺でしか手に入らない授与品です。


 ハンコに関しては、まず右上の聖武天皇勅願所というところですね。全国に国分寺、国分尼寺の建立を指示し、奈良では東大寺の建設を命じた聖武天皇ですが、このお寺にも関わっているというのが驚きです。それもあってか、甲斐百八霊場第十八番に数えられているとのこと。

 二番目は弁財天の御朱印です。こちらにも、国宝の字が入っています。


 ハンコに甲州東郡七福神第一番霊場とあります。一番というのがすごい。さすがですね。

 さらに、弁財天愛用の楽器といえば琵琶ですが、そのハンコも入っています。しかもその琵琶の中に厄除と書かれており、財運向上、諸芸上達、厄除けと3種類のご利益を司っています。



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